宮沢賢治と「もののけ姫」・・・そして、陰陽師

昨夜、TVの金曜ロードショーで「もののけ姫」があることを直前で知り見た。

「もののけ姫」を見るのは映画以来です。宮崎駿さんシリーズの映画はお導きでほとんど映画を観に行きました。

観てないのは昨年の「崖の上のポニョ」だけかと思います。(※2/5日のTV放映を見る予定です(^^))

どうして、映画を観に行けなかったかといえば・・・昨年は今までのお導きの光のプロジェクトが今になってみれば、どれも全てがハードでしたがそれらの基本というか基盤がクリアリングされ日本を再建するための準備を整える一番、過酷な年だったように思えるからです。

私の個人的なことをいえば、アイロンかけがほとんどできないくらいの1年でした(--;

お導きの共同創造のパイプ役=光のプロジェクトはいくつかの役割を含んでいるようです。

「聖なるご計画」の一部である光のプロジェクトは、いくつかの意味でいえば、幸島の100匹目サル現象を担っています。

数えきれないくらいの幸島の100匹目サル現象を担い「聖なるご計画」の一環で世界中で遂行されているようです。

目には見えませんが、その多くは、その前提は、目覚めてない方がたに気づいていただく気づきを促すものです。

そして、目覚めて気づいている方がたへ、さらに知っているだけではなく、また誰かがやってくれるから等ではなく、自分の認識で行動に移す勇気等の気づきをも促す役割をそれぞれが知っていても・知らなくても共同創造で遂行されているようです。

そのような意味あいでいえば・・・昨夜の「もののけ姫」はグッド・タイミング!だったと思うのです。

遅かれ早かれ私たちは、自分の中に隠されたもの(良くも悪くも感情。やっかいなのはエゴ=欲という感情です。)がいずれ浮上して来ます・・・

共同創造の光のプロジェクトに直接、関わって入れば・・・その自分の内面が加速され浮上も早くなることを私なりに体験で知りました。

浄化でいえば、クリアリングなので嬉しいことなのですが・・・私をはじめ、それぞれ個人にとっては往々にして自分の学びを受け入れ難いものです・・・(^^;

昨年は特に光のプロジェクトを通して私をはじめ、多くの参加メンバーの皆さん方もそれぞれに目の前に置かれた学びをどのように解釈するかを問われた年だったと思われます。

「それでも、あなたは自分を手放し・・・光の道を歩いて行きますか・・・!?」と。

私は今まで、何度も数えきれないくらい無言で問われ・・・受け入れられるときもありましたが、その多くは「ちょっと、待ってください。時間をください・・・。」と手で制止・・・森羅万象のなかに・・・。

とりわけ、そのようなときには意識して自然のなかに行き身を委ね・・・宇宙の波動である7.23の波長に自分を持っていくようにしてたことにあらためて気づいた・・・おっとり性格の私である(^^;

私の学びの課題である「森羅万象と共に生きなさい・・・」の意味が少しだけわかったような気がします☆

宮沢賢治先生は多くの方がたがご存知のように霊媒体質だったようで、霊的な世界が視(見)える・聴こえる方のようです。

『春と修羅』に

「わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です (あらゆる透明な幽霊の複合体) 風景やみんなといっしょに せはしくせはしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける 因果交流電燈の ひとつの青い照明です (ひかりはたもち その電燈は失はれ) これらは二十二箇月の 過去とかんずる方角から 紙と鉱質インクをつらね (すべてわたくしと明滅し みんなが同時に感ずるもの) ここまでたもちつづけられた かげとひかりのひとくさりづつ そのとほりの心象スケッチです (※抜粋)

十数年前・・・私自身の今までの体験等を通して、宮沢賢治先生のこの詩の意味がそれなりに、そして、宮沢賢治先生が私と同じような霊的世界を日常生活で体験していたことを知ったのです。

その当時、上記の抜粋の意味を私なりにそれなりに理解したのです。私は、見えない世界の視える・聴こえるの役割に少なからず、まだ拒否反応や嫌気がしていた頃でもあったのです。

それで、宮沢賢治先生も詩を読む毎に同じなんだ~!私だけではなかったんだと感動したときでもありました(^^)。。☆

当然・・・宮沢賢治先生も相反するものを視たり聴いたりしているはずかと思われます。

グローバルでいえば、全てはひとつで分離はありません。

けれど、二元性でいえば・・・「プラスがあればマイナスもあります」

私の場合は、気づいたら・・・いきなり陰陽師の世界とも関わっていたことです。前世などがあるので誰に学び弟子になるということもなく自然とお導きのままにです(^^;

陰陽師もいろいろとあるのかもしれませんが、私の今までの体験ではときとして自分の生命を賭けざるを得ないこともあるのです。

出張のご依頼でご相談やお祓い・浄化等で行きますが、時として視えない世界の多次元で、現実にはご相談をお聞きしながら陰陽師をしていることも多々、あります。

陰陽師は言葉で云えないような多次元との大変な役割です。光のプロジェクトをご一緒に参加された方がたであれば、生身の肉体の疲れも場合により想像を絶することをご存知かと思われます。

私の場合は、電話やメール、FAX等でも必要であれば自然とさせていただいています(遠隔やオーバークロス等)。

私の場合は、ほとんど陰陽師の件についての詳細はクライアントさんへはお話していません。見えない世界のことをどのように説明すべきか説明のしようがないからです。

それにお伝えしなくてよいことは黙って私自身が役割のパイプ役でさせていただければよいだけのことです。

ただ・・・ときどき、負傷(※現実でも痛みはあり同じです)し生命を賭けたわりには料金があまりにも格安すぎるかなぁ~と思うことはあります(^^;

でも・・・クリアリング等は私の力ではない。私には何も力等はないことを知っている。私にできることは天界の神様方とのパイプ役になることだけです。

私自身が一番、自分を戒めるのはこの部分です。

自分に力があると勘違いして思い込めば・・・バックが動機によりいつしか入れ替えになることも様々な出会いを通して何度か視せていただいたことがあるからです。

宮沢賢治先生の詩にあるように良くも悪くも私たちは幽霊の複合体・・・とは妙に云い得ていると思うのは私だけではないと思います。だから・・・自分を戒めなければとより思うのかもしれません。

これもまた、視える・聴こえるの立場で役割があるものの学びでもあり、役割がそれぞれ違いますので皆さんへお伝えする役割も同時にあることもあります。

まだまだ霊的世界に関しては入り口に過ぎない至らない私の学びです。

そんな私ですが、天の父と一緒であれば・・・なにひとつ恐れることもなく、また勇敢な行動も共にできます。

天の父と一緒であれば・・・何事も成し得ます。

お金はもちろん、生活もあるので大切ですが・・・お金より大切なことがあることも私なりに知っています。

自分と同じように他者(他社)をも大切にすれば・・・自ずと宇宙は循環していることに気づくと思うのです。

・・・・今もレッスン中の私で~す(^^;

わかったようでいて、いろいろな気づきのレッスンは薄紙を剥がすように何度も訪れます。

ゆえに、悟りって何をもって悟りというのか学徒の私には未だに理解できないし、わからない・・・   

神様方も永遠の学びをされていると聞いたり、霊の書等に記載されていて教えていただいたり学んでいます。

私の歩く学徒の道も永遠に続くんですネ・・・考えると気が遠くなりそうになることもあるけど魂の喜びが時々、あるからそれなりにできるのかなぁ~とも思います(--)。。☆

まとまりのない長文を最後まで読んでくださり、ありがとうございました(合掌)

       感謝とともに  サラ・ハート・ホワイト

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