参考資料の一部として 

ご存知かと思いますが・・・私が三十年近く霊的真理を学んで来た資料のごく一部を必要な方がたのご参考にしていただければと思い書かせていただきます。

よく霊能者という言葉を私たちは耳にしたり聞いたりしますが、神能者という言葉をあまり耳にしたり聞いたりしないのはそれだけ世相が霊能者という言葉に良くも悪くも翻弄され過ぎているからでしょうか・・・(!?)

一般に霊能者と云われている方がたは・・・ チャクラのエネルギーを使います。

神能者と云われる方がたは・・・ チャクラのエネルギーを使いません。チャクラの器を使うのみです。

私たち、人間には7つのチャクラがあると云われています。

サハスラーラチャクラ    = 百会(ひゃくえ)

アジナチャクラ        = 視床下部(宮居とも言います。)

ヴィシューダチャクラ     = 甲状腺

アナハタチャクラ        =  ふるべ

マニプラチャクラ       = 中腔(おへそと胃の真ん中あたり)

スワディスターナチャクラ  = 丹田(たんでん)

ムーラダーラチャクラ    = 会陰

※アジナチャクラをハンドルに例えることもできます。

※スワディスターナチャクラはエンジンに例えることもできます。

三種の神器(みくさのじんき。または、さんしゅのじんき)

・剣(つるぎ)  

正・邪を見分けて真をもって正しい道を示す。

・鏡(かがみ)

明智(賢者の石)=真澄の鏡(ますみのかがみ)=真寿美の鏡(ますみのかがみ)

・勾玉(まがたま)

天の神様からの大愛

神道でいうところの狛犬さんとの3点はフラワー・オブ・ライフです。

※フラワー・オブ・ライフは古代神聖幾何学です。詳細につきましては、「フラワー・オブ・ライフ」の著書をご参考ください。

よろしかったらですが、参考にしていただければ幸いです。

 余談ですが・・・様々な体験をしてみて・・・今になれば古代神聖幾何学の「フラワー・オブ・ライフ」だけで霊的真理の探求者=学徒は事足りずの意味がやっと私なりに理解できたような気がしています。「フラワー・オブ・ライフ」の初刊の本が発売されると同時にお導きでわかってもわからなくても行を飛ばさないで順番に読みなさい(付記の部分もです)。素直に読むことで〇〇が活性化されます。そして、私の場合はその初刊の「フラワー・オブ・ライフ」をマスターするように導かれました。

私のあまり得意分野ではない理数系関連に・・・@@;したこともありますがとりあえず、それなりに理解できるまでに数えきれないくらい何度も何度も読みました。最後には私にとって重要と思われる箇所をノートに書き写すという学生時代の私の勉強法も駆使していた私がいました(^^; フラワー・オブ・ライフの成り立ち(創造)についてどうしても視覚化できないところ・わからないところは自分で実際に立体的に作り・・・作ってみてはじめて自分なりに理解できたというか・・・そのようなことがありました。

フラワー・オブ・ライフの私の学びがマスターできたかどうかは私自身にはよくわかりませんが・・・その学びが2回目の帰還変更後よりコノハナサクヤ姫様を窓口にして(その後は神霊界直となり現在に至っています)神社リトリート&イニシェーションに生かされていたとは・・・な~んとなくわかっていた部分もあるようなないような・・・アヌビスさんやギザのピラミッドにあるアメンティホールへ私自身をはじめ、ご依頼者の霊的段階の準備が整っていらっしゃる方がたが誘(いざな)われることも度々ありましたので・・・頭だけの論理的な知識だけではなく、自分の体験として私なりにどこかで体感していたと思います。

霊的真理は論理だけでは・・・決して説明し得ないように私も多くの先人たちが書き残してくださった霊の書に記載されているように思わずにはいられません。霊的真理は説明をしはじめたと同時に違うものに変わってしまうように思います。また、各々の霊的段階や個性にも作用されますので・・・難しいものがあるかと思われます。良くも悪くも自分の学びを素直に受け入れてその体験から霊的真理の知識を肉体と共に共有し体現していくことにあるのかなと私なりに思い・・・逃げないで、あるときは少し休みながらマイペースでそうして歩いて来ました。

回想すれば・・・神社の神々様方からも「(私の人生を)可哀相・・・」と言われるのをテレパシーで良くも悪くも自然と聴いていた私が何度かいました・・・それではじめて神様方からも同情されるほどに私ってそんなに可哀相な境遇にいるのだろうか(表裏一体)?と私自身を振り返ってみたこともあります。当たり前の度合いといっても人それぞれで全員が全員、ものさしが違いますので基準は千差万別です。

言われるまで気づかない私がいて・・・それが当たり前でごく普通と思って耐えていた私がいた。我慢。我慢。我慢の連続でいつしか忍耐力も自然と身に着いていったように思われます(1人でいっぱいいっぱい泣いたけどネ。亡き実家の両親たちを当時、心配させたり、あまり悲しませたくないので多くの場合、自分の胸に留めたり・・・自然が好きなので自然に癒してもらったり、友達や仲間に聞いてもらいストレスを発散させていただきました(感謝・合掌))。

だから今ある私はファミリーをはじめ、今までご縁のあった・ある皆様方のお蔭様なんです。心より感謝をしています。ありがとうございました。ありがとうございます(拍手・合掌)

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