高級な自我

「肉体や外に現れている個性を超えたところに人間の自我があります。

真我とは、人間の真の古里である光明の世界から、地上で自己を表現するために降下して来たのです。

真我はまだ十分に自己表現をすることが出来ないでいます。

それはこの美しい霊を受け入れる媒体の準備が十分に出来ていないからです。

しかし、皆さんは日常生活のなかで、これらの媒体、つまり情緒体・精神体・エーテル体・もっと高級なすべての媒体の準備が整えられつつあります。

試行錯誤等の試練や切磋琢磨等をお互いに通して、低次の諸媒体が整えられていきますと、あなたの霊は肉体を通じて、相当する程度まで自己表現が出来るようになります。

この高級な自我は精妙なエーテルで出来ていて光で脈動しています。

この光は、人間が進化・進歩すれば、魂の窓であるエーテル体のチャクラから外に輝き出ます。

この聖火が十分に活動を始めると、チャクラがすべて神の意図どおりに作動し始め、昇天の状況に達します。

我らはこれらをもって、まだ物質の性質を帯びてはいますが、全身が現在よりずっと高級な世界で活動するものになったとします。

今は身体がくすんでいますが、もし・・・聖火に火がついて活動したら、身体の波動は高まり輝いて美しくなります。

それは神人、すなわち太陽人の域に近づいたわけです。

この神人たちが地球の創世の頃に大地を歩いていました。

今でも、英明で偉大な霊師たちが、地球をとりまく境域に近づいて人類に叡智を与えようとしています。

そこで、苦しみの業火を乗り越え、自己統制が出来るようになった者たちには、完全に内在の聖火を顕現する方法が伝授されます。

それは、この聖火には創造力と破壊力の二つの面があるからです。

もし、無知で自己本位の人間が考えもなく利己目的にこの創造の神秘力を使えば、身を滅ぼしてしまいます。

ですから、人類を見守っている霊師も、人間のほうに準備が出来るまではこの秘儀を明かしません。

これを正しく使い、創造主の目的とご意志どおりに、神的生命の歓喜に入っていけるようにするためです。

人間は愚かにも、この内在の火をたえず消費しています。

それは衝動的な欲望や不統制な感情のためです。

人が怒ったり感情的になれば、その都度、この聖火は消費されます。

感情を統御して、温かい愛の心をもてば、その都度、諸媒体に光が建設されます。

人はこの聖火を使って、自己の魂を光らせ、まわりの世界を美しくし、魂の栄光を輝かせているわけです。

心情より発し、愛の心で黙想し、愛に生き、愛を吸収し、愛を与えなさい。

そうすれば、あなたの魂は光り輝きます。

神の神秘があなたの手中にあって、病者を癒し、失意の人を慰め、悲しむ者を満たし、触れるものすべてを美しくし、生活に安らぎと幸福をもたらします。

高我は世俗の思想を超越したところにあります。

あらゆる音や外形の下に隠れています。

これには俗心をもってしては近づくことができません。

神の光を発現しなければなりません。

これはとても純粋なものです。

自ら外に姿を現したり、日常生活の人格で汚されたりしません。

一瞬、これに触れれば宇宙意識が現れます。

高我に触れれば、全宇宙に触れることになるからです。

この高我に触れる道は放棄です。

個人的欲求の放棄、すなわち自己愛の放棄です。

そして、黙想です。

賛仰の思いに満ちてキリスト神我と呼ばれる至上の神性についての黙想によってです。

高我は通常は心に作用しません。

ただ、作用するとすれば、神法に従って行動せよというインスピレーションの形をとります。

それらをメッセージとして受け取ることもあります。

しかし、低俗な心がすぐに頭を出して、そうするなというもっともらしい理由を言います。

そのうちにだんだんと自分の中のこの両面の見分けがはっきりつくようになっていきます。

世俗心と神性我(キリスト意識)の区別です。

もう一度、高我は心では触れられませんと申しておきましょう。

高我(キリスト意識)はハートと愛によるものです。

純粋な無条件の愛は欲張りではありません。

愛するとは与えることです。

愛は放射光でハートからほとばしり出るエネルギーで甘美な癒しのエッセンスです。」

 「BEAUTIFUL  ROAD  HOME 」 by WHITE  EAGLE  より抜粋      

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