「私達は大体において、他人から自分のくせや行動について、いろいろ文句を言われ続けているようです。
人間はつい、こうした文句を無視したり理屈をつけて拒否したりしがちです。
そして、自分の好きな暮らし方を続けるのです。
自分をだめにするくせや思い込みに人々が気づき始めている今でさえ、くせや行動を客観的に見るのは、とても難しいことです。
専門家の助けを必要とするようなひどいコントロールドラマの場合、危機的状況に直面すると、すでに克服したと思われる古いパターンが再び現れて、何年もカウンセリングを受けて達成した成果がふいになってしまうことがあります。
事実、専門のカウンセラーの間で次第に明らかになっていることは、本当の進歩のためには、子供時代のトラウマを探求している内に起こる感情の浄化(カタルシス)だけでは足りないということです。
エネルギーと安心を得るための無自覚のコントロールドラマに終止符を打つには、内的な安らぎの源を発見するために、問題の根源的な原因に焦点をあて、知的理解を起こしたものを見ることが必要なのです。
そして初めて、外的要因に左右されない安らぎが得られるのです。
ここで言っているのは、異なった種類のカタルシス、感情の浄化です。
これは神秘家が何千年もの間、指摘し続けて来たものであり、最近、ますます耳にすることが多くなっています。
自分のエネルギーを得るために私達がお互いにどんなことをやり合っているかわかれば、次に私達がすべきことは、自分自身をよく見つめることです。
(※陥りやすい反省魔になり自分はだめだとか思うのではなく、少し離れたところから自分を他者が見るように眺めて見ることが大事なことです。)
そしてまた、コントロールドラマを創り出している自分の思い込みや信念を明らかにすることと、内なるエネルギーに触れるために必要な新しい体験を発見することなのです。
神秘体験という概念は、1950年代に西欧社会でも、多くの人々に意識されるようになり始めた。
これは主として、カール・ユング、アラン・ワッツ、鈴木大地らの思想化によって、ヒンドゥ教、仏教、道教などが人々に知られるようになった結果です。
この傾向はその後も、パラマハンサ・ヨガナンダ、J・クルシュナムルティ、ラム・ダスといった人々による多くの労作によって続いています。
これらの人々は、みんな内なる神秘の存在と、それは誰にでも体験できるものであることを語っています。
それと同じ頃、もっと多くの一般の人々が、西洋に伝わる豊かな神秘的、霊的伝統に興味を持ち始めたのです。
アッシジの聖フランシスコ、マイスター・エックハート、エマニュエル・スウェーデンボルグ、エドムンド・バックといった人々が注目を集めたのです。
それも、この人々が東洋の神秘家と同じように、みんな、内なる変革の存在を肯定していたからです。
私達は、やっと今、神秘体験 ー 覚醒、ニルヴァーナ、悟り、超越、宇宙意識などと呼ばれている・・・神秘体験という概念が広く受け入れられるところまで到達したり・しつつあります。
そして、神秘体験は私達の新しい霊的な気づきの必要不可欠な一部となっています。
神秘との出会いをすべての人が体験できる現実のものとして、私達は受け入れ始めたのです。
西欧では、神秘体験(※裡なる神、内在の神性の顕現)の探求は知的な議論と想像から始まった。
私達には新しい概念を良く知り、慣れてゆくことが必要なようです。
そして、現実とは何か?という西欧の考え方とこの新しい概念を統合しようと模索し必死でした。
こうした議論は、私達の興味をかきたて、神との交わり、内なる王国、新生といった古くからある抽象的な霊的概念に、新しい光を投げかけたのです。
しかし、こうした議論は左脳の理性的次元に留まったのです。
神秘体験の可能性を信じる人は多かったのですが、実際に悟りの瞬間を体験した人はほんのわずかしかいませんでした。
しかし、この議論は今も広まりつつあります。
私達はますます神秘体験の一般化へと近づきつつあります。
現在では、個人的な神秘体験について、本や講演からだけではなく、友人、知人からも聞くことが多くなっています。
そのためにこの概念は現実のものになりつつあります。
それは、他の人が実際に体験したことであり、しかも誰の話にも共通性があるために、内なる神秘体験は私達、人間に本当に起こることなのだと、納得できるようになって来たのです。
神秘体験は、私達が新しいレベルの正直さ、特に自分に対する正直さに達するのを助けています。
自分の内面を見て、自分がまだそういった体験をしていないことに気がついたら、神秘体験は宇宙の法則である霊的真理の知識の基本を学び探求していくことで、私達、1人、1人の学びに応じて、誰にでも、準備が整えば開示されていくことを発見するでしょう。
そして、またこの内なる神秘体験は、様々な道を通って、様々なやりかたで起こるということもわかって来ています。
大切なのは、そこまで導いてくれる特定の宗教や修行や活動ではなく、目標点である裡なる神(※内在の神性や神秘体験とも呼ばれています。)の顕現の体験そのものです。
私達の意識を広げ、私達に夢にも思わなかったほどの安心感と幸福と明晰さを吹き込んでくれるのは、裡なる神の顕現そのものです。」
※神秘体験といえば、多くの人達は良くも悪くも見えない世界の(霊の)住人を見たいと興味深々に思うものですがあまりにも危険過ぎます。宇宙の法則である霊的真理の基本的な知識を学び・探究していく課程で、少しずつ準備が整い、自分の霊的進化に応じて、また必要に応じて顕現されて来つつあるようです。霊魂が見える・聞こえるようになっても、それが本物であるかどうかの見極めの学びもまた必然的に訪れることも周知の事実で広く知られています。ご参考までに。
上記の抜粋はジェームズ・レッドフィールド著「聖なるビジョン」より、お導きにより記載させていただきました。尚、翻訳文はそのままではなく、サポートにより一部を少し編纂させていただいておりますことをご理解・ご了承ください。 by A.M サラ・H・W・鳳凰
