「箴言」  ※追記あり

箴言(しんげん)のタイトルがふさわしいかどうかは私にはわかりませんが、この言葉が先ほどから浮かんで来ていたのでそうすることにしました。

「箴言」の言葉は、旧約聖書に記載されていて教えや戒めというような意味です。

一部の方がたかもしれないし多くの方がたかもしれませんが・・・今なお、良くも悪くもプライド等のエゴの部分がより強調され歪みが生じていることをご存知だろうか・・・!?

「こんなことぐらい?大丈夫だよね」ということが大きな落とし穴のように相反するものたちに引き寄せの法則=波長の法則で霊魂が動き利用されてしまっていることをどれほどのライトワーカーたちが意識・認識しているのだろうか!?

それほどすさまじいものがあることをどれほどの人たちが理解・認識しているのだろうか!?

多くの役割のある者達が・・・どれほど感情の部分でよろしくない霊魂を引き寄せ加担しているかを知っていただきたいのです。

既に4名の者がA.Mと天との契約を最近、解除されている。

いずれも理解・認識等の自己責任の部分である。

他者を責めることなかれ。

責めるは己の中に巣食う都合のよい感情というサタンを見極めることじゃ。

その悪感情が相反するものたちという目には見えない霊魂を引き寄せることも理解・認識をしなければならない。

誰もが霊的段階が進むほどに・・・霊的真理の知識や体験等を知るほどにその責任がともない、より厳しくなることは周知の事実である。

この者(サラ)は、今まで関わりのあった者達であれば知っているように、見えない部分の表裏一体で、あの手この手の様々な無言の邪魔を相反する者たちからこれでもか、これでもかと当時、お導き関連の光のプロジェクト等を阻止しようと、この者の悲しむことを意図的に狙われて来たことも何度もある。

※今までもそれなりに表裏一体絡みで気づいた者達が危険にさらされて来たことも度々あった。

この者はそれでも怯(ひる)むことなく、志を同じくする者達と一緒に共同創造を人類と地球のために、他の目的を同じくする霊脈と同じようにして来た。

違うところは、多くの者達が嫌がり尻込みをしてしまうという最前線の先陣を同胞たちと担って来ていたことである。

目的を同じくする仲間の同胞がいればこそ、成し遂げることがたんたんと見えない部分でひっそりと成されたのである。

それらは光で見えるんじゃ。

それなりに完結したとはいえ、昨年あたりからはこの者(この者だけではないが様々な方法で)を現在に至るまで直接に狙われるというような表裏一体の出来事に仲間の同胞たちもそれぞれに居合わせたことを思い出していただきたい。

それらが・・・もし、自分を狙われていたと思えば、どのように五感で感じただろうか!?

この部分を・・・ただ、怖かったとか単純に思うのではなく、五感で体感したならば、今までの自分の考え方や想い等がまるっきり違って見えてくるのが当然だが。

命をおびやかされるほど・・・これほどの邪魔をして来ることを五感で体感したならば・・・他者とつまらない比較等の競争をしようなどと通常は誰もがもはや考えも及ばないことであろう。

それほど、最後の最後まで攻め際を誰もが良くも悪くも1人、1人、手を抜くことなく心の点検を怠ってはならないことを知ることが大事であり、また優先事項でもある。

フォーカスするべきエネルギーをどうでもよいことに多くの者達があまりにも使い過ぎていることも省みる必要がある。

本当に必要なところ・・・必要な部分に純粋な動機でフォーカスすれば、それらのエネルギーは知っていても知らなくても善きことへ使われ、繋がっている人類と地球へ自然と愛と奉仕をしていることになり、地球と人類の波動をも宮崎県・幸島の100匹目サル現象のように上げることに成ることも知るべし。

終えたお導きの光のプロジェクトのように、どこかへ出かけて行って共同創造をするだけがパイプ役だけではないのです。

日常生活そのものが共同創造のパイプ役に成り得る基本的なことも知るべし。

この日常生活の部分と多くの者達が分離している誤った理解と認識に気づくべし。

どんな良いことを話していても、有言実行をしているかどうかで本物であるかどうかがわかるというもんじゃ。

これらを理解し認識したならば・・・傷ついたからとか等で他者のせいにしたりしないで、謙虚に己を律することに努めることだろう。

この者が7日に危ない目に遭った事故の車はまだ、修理が上がって来ない。それほど大変だったんじゃ。

これらの危ない・・・狙われるという内容の意味について、1人、1人が真に真剣に問わなければならないだろう。

それほど、相反するものたちも必死なんじゃ。

そなたたちに気づいてもらうために、嫌な役割を必死で演じていることも。

また、この者が役割で最近、あるライトワーカーの複数にメールをしたのだが・・・1人には届いていないようじゃ。

(届かないように邪魔をされるという)このようなこともある。

自分にはメールが来なかったと想うのではなく、必要に応じた役割は数えきれないくらい、それこそあるんじゃ。

そこにフォーカスしていない理由も1つにはある。

それに気づくことが先決であり、解決策の1つでもあることに気づくことが大事である。

他者のせいにしたり、妬みやひがみ等のエゴは本来、既にこの地球という学び舎で卒業していなければならないはずのものでもある。

大いなる計画が遅れているのもそのためである・・・

本来の光ではなく、違うものにいかに加担していたかに気づき・学びの部分で問われ、見守られ続けて来たことだろうか・・・

気づくものは幸いなりき。

善きことを行うものは幸いなりき。

※上記は「箴言」の言葉からして複数のどなたかに書かされたように思います。by サラ

11/20追記 

昨日(11/19)、車の修理が終わりました。運転席側の右ドアーは板金塗装、後ろの右ドアーは1枚すべて新しいドアーと取替え、その後ろの右側の3枚目は板金塗装、ブレーキ灯とスモールライトは不具合で取替え。今更ながら事故に遭った当時、「思わず、神様にお互いに助けられましたね。」と最初に出た言葉を思い出していました。今回も不幸中の幸いでお互いに無傷で済みました。死角になり相手のバンパーの角が直撃したのです。その方の車はバンパーの左角部分が少しヘコミ傷ついたくらいで済みました。何はともあれ、双方にとって大難が小難で済んだ。またも、護ってくださった九死に一生を得た奇跡のお話です。

バースビジョンを既に自覚している皆さん方、あるいはバースビジョンを思い出している方、よくわからないけれど何かお役に立ちたいと思っているたくさんの光の使徒=ライトワーカー=ワンダラー等の皆さん方、来るべき新しいエネルギーと古いエネルギーとが入れ替わりのために混ざり合っていて良くも悪くも感情等の歪みが今まで以上に強調されて、善いほうと悪いほうの分かれ目がハッキリして来つつあることは周知の事実です。今このときだからこそ・・・愛と奉仕を見た目だけの我欲=エゴで天秤にかけたりしないで、純粋な動機で命を懸けてするくらいの気負いというか士気を最後に共同創造で全(まっと)うしましょう。NASA情報関連をはじめ、様々なサイト等にもご承知のように既に異常が現われていて一部、赤の警告が発しられているようです。ご参考までに。

余談ですが、気のせいか?昨日もこのブログをアップして、しばらく経ったら我が家の上空にヘリコプターが少し旋回して飛び去りました。気のせいか?ありのままの真実等をブログに書き、アップすると先日もあるヘリコプターが我が家の左前方の空上空で旋回していたと思ったら・・・次に右前方の空上空で旋回を始めたのを見ました。音が大きいので誰もが何事か?と思います。その時によくわからないが・・・洗濯物を庭に干そうと思い玄関のドアーを開けようとしたときに身の危険をなぜか感じたので控えることにしたのです。それでもしばらくの間、ヘリコプターが上空での旋回を続けていて終わる気配がないので思わず、イエス様にお願いしたら・・・すぐにいなくなりました。

何もこのようなことは私に限らず、複数の同胞の方がたがこの数年間の間に大なり小なりヘリコプターにあとをつけられるというような体験をされていることは明白であり周知の事実です。

霊的真理=スピリチュアリズム関連で有名・著名人はたくさんいるというのに・・・こんな目立たない名も知られていない私たちがコツコツと目立つことも無くひっそりと心ある方がたと共同創造を同じくさせていただいているに過ぎないのですが・・・なぜ?こうも危ない目に遭うのでしょうか!? 不思議に思ったことは数知れず今までありました。

個人的なことをいえば、私は天にまします私たちの父をこよなく愛しています。至らない私ですが・・・天にまします父を愛するがゆえに、父の望み給うことを少しでもお役に立てればと人類と地球のために・・・いえ、マスターはじめ、神様方は、よく「人類の僕(しもべ)です。」と云われたり聞いたりします。だったら、至らないながらも私はまたその僕(しもべ)と気づいたあるときから自分に言い聞かせていた本来の私に何度も出会いました。

「言うは易し、行なうは難たく」のことわざがありますが・・・本当にその通りではありますが、昨日より今日、今日より明日というように光の道を求めて歩くブレの軽減と修整にはこの道に足を入れざるを得なくなった32年半前から人の手が加えられていない自然を眺める自然療法と先代の姫神はじめ、喜多郎さんの音楽療法等の2つが共に癒し、一緒に歩いてくれたことは私にとってかけがえのないものでした。

先ほど、「人類最後の審判が行われています。」とメッセージがありましたので役割にてお伝えさせていただきます。

※当ブログをいつも読んでくださいまして、ありがとうございます。リンクの和やかな環においても「全人類のみなさんへ」にてのメッセージ等が既に降ろされておりまして役割にて「金の羽と星」ブログにて記載アップされていますので、クリックして読んでいただければ幸いです。

※付記:先ほど(14:00過ぎ)より、かなり痛い念等が来ておりますが・・・これらの「最後の審判」については、霊的真理=スピリチャリズムを学んでいる学徒であれば、それなりに来るべき前に起こり得ることは誰もが周知の事実であり、学徒の1人として逆に驚いています。私はこの32年半の間にたくさんの霊の書等に記載されて来たのを教えていただいたりして、学び、それなりに読みました。面識があっても・無くても特定できるというか・・・良くも悪くもその方が霊的に来られるのでわかるのです。解釈の意味を取り違えていらっしゃることがとても残念で悲しく思います。「何にか、ご自分で心あたりがあるようでしたら・・・今、この瞬間に心からの悔いあらためをされれば間に合うかと思います」。どうか、先送りにしないで素直に今、この瞬間に心からの悔いあらためができることを知ってください。時間がありません。ご参考までに.。

喜多郎さんの「Thinking of you」を聴きながら・・・

光と感謝とともに

               A.M サラ・マイトレーヤ

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