6月20日(金)に島根県・熊野大社へお導きをいただき、久しぶりに参拝に行きました。
その時に、配神のお社でお祀りされています「イザナミノミコト様より、下記の詔を、皆さんへお伝えするように」とお導きをいただいた複数人へそれぞれがブログに同内容を書くように天命をいただきましたので書きます。
『 学 ぶ 姿 勢 が 大 事 で す 』
注釈を、先ほどから詔にて、いくつかいただいておりますので併せて記載させていただきます。
誰もが、等しく謙虚に学ぶ姿勢があれば、自分の身に起きる出来事や他者をパイプ役にしてアドバイスをはじめ、時には突然に想いもしないケースバイケース等により内容の異なる解除等がしばしば起こり得ることに対して、怒りやプライド・・・はたまた、ご依頼の料金を使い調整をしてもらったはずなのに・・・傷ついたとかの真っ先に自分を擁護する気持ちには至らないはずです。
また、どこそこが気になるので共同創造のパイプ役でクリアリングに行きたいと同胞(たち)に話したら「無理です。」と言われた・・・言わされたことに落ち込むことはないのです。
なぜなら、私たちは誰もが日々、日常生活の出来事を通して・・・目の前に置かれたこと(出来事)にどのように各自が反応するかだけが問題なのです。
お導きで共同創造のパイプ役で多数人で行く時、参加はしているけれども・・・どうしても準備が整っていなくて対応が難しいと判断された方がたは場合により危険リスクを控えるためにその方がたにシールドをするように詔で天命を伝えることもしばしばあったことも伝えよう。
それらのシールド関連は今もなお続けられていることも付記しておきましょう。
クリアリング関連は内容もまちまちです。
どれもが同じだと想ったら大間違いです。
また、当然ながら各自の霊的段階により対応が出来るものと出来ないものとがあることもあなたがたは知らねばなりません。
奥が深いことも学ばなければなりません。
すべては一律のクリアリング内容ではないのです。
時には、あなた方が想像もし得ない危険な内容のクリアリング等が多々、あるのです。
それらの危険リスクを見極めることなく、安易にただ気になるから・・・とクリアリングに行こうと想い・考える短絡さには注意が必要です。
自分には、パイプ役で出来ることと、出来ないことがあることをあなたがたは知らねばなりません。そして、学ぶ必要があります。
同じように、お導きで「自分は呼ばれなかった」とか「声がかからなかった」とかの現実が多々、ありますが・・・安易にやきもちを妬いたりの嫉妬やねたみ等の感情は低級なエゴが前面に出て来て浮上していることの気づきや学びの課題があることを教えてくださっているのです。
自分の感情のあるがままにメラメラと身を任せるのは、蓄えていたエネルギーの流出の損失がいかに膨大であり、それらが後で疲れや疲労感となり・・・長引けば長引くほどに努力して積み上げて来た学徒の霊的段階がスパイラルで降下してしまうことも体験で知ったならば、誰もが自分の感情のコントロールに気をつけなくてはと注意をすることでしょう。
上記の注釈に書いたように。起きた出来事も大変かもしれませんが、それらの出来事を通して、あなた(がた)がどのように反応するかだけが問題なのです。
自立したいと想いながら・・・何かあれば、すぐに同胞(たち)や誰かに相談やアドバイスを優先してしまう傾向に気づかれていましたか?
それでは、いつまで経っても自立出来るはずがないのです。
誰もが等しく自分に見合った課題がほんの少しだけハードルを高くして来るものです。
同じだとそこには霊的進化(人格の成長)がなされないからです。
誰もが等しく自分に必要なものはすべて与えられているのです。与えられています。
それらを使わずにして・・・安易に他者をすぐに頼る依存心にも気づかれてください。
そのエンドレスの輪を自分から切り解き放たれなければ自立は難しいことも考察しなければなりません。
自分でやるだけのことを自分なりにしてみて・・・それでも不安があるようだったら同胞(たち)や仲間(たち)に相談や話してみるという段階を踏んでいない場合が多く見受けられるのです。
また、自分で何事も責任を自己責任でする。
この自己責任の覚悟がないから、感情に流され他者へ責任転嫁したり、傷つけられたとか、恥ずかしい想いをさせられたとかの不満要素がくすぶってしまい結果として、停滞してしまう傾向がより拍車をかけてしまうことも学び知ってください。
それでは多くの人類の霊的進化はストップ状態に反映されてしまうこともあなたがたは学び知ってください。
自分たちも体験し・・・この者(サラ)が共同創造関連で大変な思いをしていることを知っている者たちはどうして?自らがすすんで声をあげて、みんなで大変だけど一緒に協力しながらしていきましょう~!という事を聞いたり見たりしたことがほとんど無いような状態を役割のある皆さん方はどのように感じ・想っているのでしょうか?
自分は良(い)いとこ取りで・・・嫌なことはしたくない・・・
責任もこの者(サラ)・・・という図式がいつしか出来上がっていることに気づいて知っていたでしょうか?
責任は誰もが等しく各自です。
自己責任です。
自己責任あっての誰もが自立です。
共同創造のパイプ役の人が足りなさ過ぎるのです。
役割のある者たちを通して(毎月、何らかの参加費を徴収し集っている多くの者たち)、必要に応じて奥義の秘伝である剣やアイテム等を霊脈により授けている。
しかし、それらの使い方を知ろうともしない。
なぜ、授かったのか?
それらの意味を考察することなく、ただ授かることにステータスを便乗し、のべつくまなく誰でもよいのでと参加を募りビジネスへ傾いている役割のある者たちの哀れな多さよ。
役割のある者たちは、奥義の剣やアイテム等を自分や他者が授かった時には当然ながらその責任も然り。
そこらあたりの責任に欠けていることにも想いを馳せ反省をして、心から悔い改めよ。
宝のもちぐされは、もはやパイプ役ではない。
自ずと授かった奥義の秘伝の剣やアイテム等も使わなければ解除や自然淘汰されることを知ることです。
自分勝手な甘すぎる解釈はもはや通用しなくなる。
その前に、あなたがたにこれらを伝えたく、この者(サラ)を通して書かせている。
天命とはいえ、この者(サラ)に申し訳なく多くの神々がお詫びを申し入れておる。このことを知り体感する者は幸いなり。
あなたがたの動機しだいで、あなたがたもこの者(サラ)の疲労感や辛苦を知る者となるだろう。
この者(サラ)はピラミッド組織を望んではいない。
誰もが同じフロアーに立っている。ジグソーパズルの絵のように、完成するのに1人1人がジグソーパズルの1ピースと思いそのようにしている。
われわれ(天界)が求める動機も同じである。
多くの役割のある者たちが、そのように心から悔い改め、軌道修正をするのであれば・・・われわれ(天界)の姿を見(視)たいと想わなくても視ることがあろう。また、われわれの声が瞬時に胸の中に響いて聴こえてくるだろう。
疑うことなかれ。
「天は人の上に人を創(造)らず、人の下に人を創(造)らず」
- 人類の礎
イザナミノミコト様の詔をはじめ、オオクニヌシノミコト様、スサノオノミコト様、アマテラスオオミカミ様、アメノミナカヌシノミコト様方との共同作成。 サラ
イザナミノミコト様からの詔
心霊