朝露・・・

昼下がりというよりも夕方に近いのに朝露というタイトルも少し違うかもしれませんが・・・朝露に朝陽があたり虹色に光り輝くプリズムの反射現象の自然の在りように私が感動するときです。
私たち、人もそうなのかな~(!?)と私が思うときです・・・
先日、朝からパソコンが壊れてしまい・・・買い換えなくちゃダメかもしれないと聞いた時には@@;
家族のお古を使っているので仕方ないのかも?と思っていたのですが・・・奇跡的?に一晩かかり復旧できたので良かったです(^^)
何事もそうですが、当たり前と思っていたことが・・・当たり前ではなかったことに、私がまたいつものようにありがたみと一緒に気づく時です。
使えない間は本当に不便でしたので・・・感謝!!
もう、先月末のことになりますが身内を通しての急ぎのご依頼であるところへ行きました。
そのご依頼はと言っても、急ぎでも急ぎでなくても私にとってはご依頼の内容に関わらず、いつも神仏様方との共同創造のパイプ役が基本です。
なぜなら、私自身は無であり何も力等がないことを私なりに34年の学びを経てつくづく思うからです。
また、今までも至らないながらも・・・霊的真理(スピリチャリズム)の基本をご縁をいただきまして、かってのお師匠さんご夫妻をはじめ、恩師の先生方から折にふれ学ばせて来ていただいた経緯の途中で何度も何度も身に沁(し)みるような出来事を通して・・・私なりに理不尽と想えるようなことも多々、あったけれど・・・後日、神仏様方の大愛に気づき涙したことも数え切れないほどありました。
宇宙の法則・・・霊的真理は永遠普遍のものなので、「それらの人類、1人、1人の日常生活での出来事をその人のためを思い善きように活用されてお仕組みがなされている」。
「それらの出来事を、どのように人類の1人、1人が解釈し選択するかの自由意志に任されています。そして、責任もです。」
と、宇宙の法則でもある霊的真理(スピリチャリズム)の基本にあるように・・・
それなりに至らないながらも私なりに学徒の1人として学んで来ており、有名・著名人に関係なく先達の大先輩の皆さん方はじめ、今までご縁をいただいた方がたやご縁をいただいている皆さん方とお互いが先生であり生徒である・・・同じフロアーに立っている。が、私なりのず~っと何年も変わらない原点というかそのようなものです。
が、至らなさはしょっちゅうあります。
それらの繰り返しがスパイラルで今、現在に誰もが至っているんだということが少しわかり見えたときには・・・メゲないでこれで良(い)いんだと元気をもらうことがあります。
私が書きたいと思っていたことと少し違う内容になりました。(時々、あるように書かされたのかもしれません。)
お話を戻します。
先月末のご依頼後にある神社へアフターフォローの調整のためにお導きをいただき行きました。
その時に、思いもしていなかった国旗を買いました。
実家にいる頃は幼い頃より見慣れていた日本の国旗です。
どうして国旗を買ったのか?の意味が自分でもわからなくて・・・しばらくそのままにしていたのですが、ある時にある神社の宮司様より日本の国旗の意味のお話を説法でお聞きする機会をいただいて、わかったのです。
『自尊・自立』の意味が国旗にこめられていたのです。
つまり、「自尊は自分を好きになり愛するという意味です。
ナルシストやエゴの自尊・・・自分さえよければ・・・とは違いますので注意が常に必要なようです。
自分を好きになれば・・・自分が好きにならなければ、家族も好きになれない。
そして、ましてや他人を好きになることはできない・・・
そして、自分の国を好きになることができない・・・」と、いうようなお話をお聞きしました。
自分を好きになることが大事なようで・・・そこからしか他者との分離がなくなることを自然の流れで自ずと知り認識を重ねる毎に無条件の愛と無条件の受容(もっとも前提に意識してするのはおかしいかな?と思うことがあり、何事も日常生活の基本があって)、はじまるのかなという教え再認識と共にまた学びました。
数日前より私の部屋に国旗を飾っています。
その日の丸の国旗を毎日、見ることで・・・ある宮司様が説法で教えてくださったことを忘れないためもあります。
国旗といえば・・・即、愛国心というような違う猜疑的な批判?の目で見られることが多々、あるかと思いますが・・・そうではないという本当の真実の意味があらためてわかり、国旗掲揚の賛否両論があることもマスコミ等を通してそれなりに知っていましたが・・・国旗掲揚や従軍慰安婦問題関連等も必ずしもマスコミ報道等が正しく報道されているかどうかを教えてくれたよい教訓になったと思うのです。
これからは、各自が自分なりにそれらの情報が正しく報道されているのかどうかの問題提起と検証になったので・・・ある意味、良かったのかなと多くの人たちが思ったのではと思えたのです。
同じく、霊的真理(スピリチャリズム)を多かれ少なかれ学んでいる役割のあるライトワーカーの私たちも、それら関連の情報(見えない世界が見える・聞こえる関連等も含めてです)が、真実であるかどうかのガブリエルの眼である見極めが常に必須であり、また、「思(想)い・行い・語る」の心の点検も日常的に必要不可欠であることがあらためて再確認されるかと思うのです。
霊的なことは妥協をしないのでいつもながら常に厳しいことを自分や他者の出来事等を通していろいろと教えてくれます。
これで良いということは無い。
なぜなら、宇宙の法則は死んでも永遠に続くと降ろされた霊の書等によく記載されていたり、聞いたりしているからです。
気づきや学びはエンドレスです。
高級霊の守護霊様はじめ、神仏様方も日々、学ばれていらっしゃると何度もよく聞いて教えていただきました。
まして、至らない人類の私(たち)が自分は悟りを啓いたとかこれで良いとかは言い難いと思うのです・・・
「いくら良いこと等を話してくださっても、その人の行動が一致していれば本物で・・・言葉と行動が一致していなければ本物でない。」
「これが人を見極める大事な部分です」と、多かれ少なかれこのブログを読んでくださっている皆さんも1度~数回は聞いたことのある言葉ではないでしょうか!?
夕方・・・というよりも夜にもうなっちゃいましたね(^^;
※いくつか・・・書かされたような箇所があります。ご参考までに。
感謝とともに
             by サラ

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