早いもので8月・・・
先月中旬に書きかけていたブログも内容がそぐわなくなって・・・本日、削除しちゃいました。
3次元から4次元へ移行中の今、より流れが加速されたようで・・・多くの人がそうであるように、私もまた髪が伸びる速さもさることながら、爪切りも1週間もたない速さ、耳アカにいたっては気付くといつの頃からか毎日、朝夕?の2回はしなくちゃこそばゆい感じなのでしている私がいます(^^;
周期のカリ・ユガの歳差運動で地軸がゆっくり動いていることも周知の事実のようにです。
※詳細に付いては、「フラワー・オブ・ライフ」第1巻 ドランヴァロ・メルキゼデク著/ナチュラル・スピリット発行をご参照ください。余談ですが、私は発売前の当時、「フラワー・オブ・ライフ」が日本語で翻訳されて発売されるので買って読み、内容をマスターするようにと私の霊的ガイドから話があり、そのように必死で繰り返し読みわからない立体像は自分で作り視覚で学んだりと懐かしく思い出されるのです。懐かしく思い出すのではなく・・・現にカリ・ユガの歳差運動で移動中であることもあらためて認識・自覚した私です。2012年12月のマヤ暦が終わったというのも周知の事実のようにこれらの周期に基づいていたことにもあります。
上記の周期、カリ・ユガの歳差運動で地軸がゆっくり移動していることもありますが・・・それにプラスされた私たち人類が今まで自分さえよければというご都合主義のプライドやエゴ関連等が蓄積された歪(ゆが)みが生命体であるこのテラ(地球)のスピリット・・・ガイアが次元上昇(アセンション)を希(のぞ)んで・・・更にそれらの私たち人類の有史以来から現在に至るまでの歪み関連等が絡んでいることもあり・・・
それは誰が思っても・考えても・・・今までにないような異常気象?といわざるを得ない状況関連等が起きてもいたしかたないことも・・・至らない学徒の私でさえもそのように思うのです。
良くも悪くも表裏一体でこの現実世界でもあぶり出されて浮上して来ている出来事関連等は何事にもよらず私たち人類の軌道修正の気付きのチャンス!でもあるようです・・・
私たち人類の個人をはじめ・・・知っていても・知らなくても他者を通してリアルにいろいろなことを見せてくださっています。
いつも、どうするかは・・・私たち人類の個人、個人の自由意思の選択肢に任されていることも周知の事実のようにです。
そして、それらの自由意思の選択肢に基づいた責任も決して忘れてはならない私たち人類の学びのひとつでもあるのです。
多くの人たちが・・・云うまでもなく、自分に都合の悪いことは他者へ責任転嫁してしまう部分があなたがた人類の基本たる学びのひとつでもあるのです。
それらの自己責任から逃げる者もおる。
逃げても・・・いつかはめぐりめぐって、それらと真正面から向き合わなくてはならない時が訪れるであろう。
どうするかは自由じゃ。
後回しにするのか?
それとも謙虚に受け入れるかのいずれかじゃ。
何事も自由じゃ。
しかし・・・それらのけじめはいつかめぐりめぐってどちらにしても自ずと対峙するときが来ることを知るなり。
上記は、途中から光の存在方との共同作成となりました。
私が最近、よく思うことは・・・と、言うか・・・宮沢賢治の「雨ニモ、マケズニ・・・」の詩が頭の中で流れるのです・・・
先月(7月)の中旬はじめ頃?に・・・詔で「あなたは使命を最後までやらなくてはなりません・・・」というお話が胸に響いて来たのです。
そう・・・私は私が望んだとはいえ、他者関連等の生霊や念絡みがお導きの共同創造関連等でコントロールされて使われ・・・それらの邪魔が、今に始まったことではないが手配関連をはじめ、新幹線や飛行機利用や宿泊先のホテル、レンタカー関連等に至るまでクリアリングが必要不可欠と十数年間続けて来ているのですが・・・最近は、なぜか?嫌気がさすほどに・・・しかも、私たちの会話にまである時には割り込んで来る始末に・・・もうやめたいー!と想う私が時々、いたりして・・・
あきらかに来たる4次元へ向けての良くも悪くもの誰もが繋がっていることのリアルな体験を表裏一体でこれでもか、これでもか・・・と目の前に置かれた・・・私の学び・・・
ワンネスの世界である・・・「あなたはわたし、わたしはあなた」という4次元の全ては繋がっているという他者をはじめ、生きとし生きるもの・在りとしあらゆるものとの分離がない世界への招待の学び・・・
やめれば・・・私自身が一番、後悔することも知っているし・・・悩んでいたけれども、私がやめることもないこともどこかで知っていた・いる私がいたのです。
迷いは隙が出来る・・・注意しなくては隙をみて魔が入る・・・今だからこそ、当時の霊的ガイドからの私への詔の意味が大愛だったことも理解できるのです。
今なら・・・何のために数えきれない帰還予定の変更を私が決めて、時にはハードというよりも過酷という言葉のほうがふさわしいお導きの共同創造関連等の表裏一体での任務関連・・・そして、それらの私自身関連等を支えてくれるプライベートな神謀りのサポートを振り返り思うと・・・今、現在も涙が滲んで来ます。
誰もが等しく・・・気付くか?気付かないか?だけのことであり、いつも天の大愛は・・・サポートはあらゆる出来事のなかに散りばめられていることにも気付かされる時がある・・・涙が滲む・・・
キーシャ・クローサー著の「迫り来る地球大変容で《レインボー・トライブ/虹の民》に生まれ変わるあなたへ」ヒカルランド発行(ISBN978-86471-118-0)に書かれていますように新たな流れでお導きの共同創造関連等も虹の人々(虹の民)や虹の護り手関連等で複数の方がたとお会いしたりと嬉しい役割に笑顔が戻って来た私がいます。
尊敬する仲間&友達の1人でもある方から・・・先日、「光があるところには、暗闇もある。良い悪いではなく、全ては必要で存在している。」
そして、「自分は正しいと思っていることも違う時がある。誰もが自分は正しいと思って生きている。みんなが自由
。自由意思に基づいて生きている。」
「そのことを体験するために生きている。その体験の積み重ねのプロセスが学びであり大事な学び・・・勉強です。」
と、泣いている私に教えてくださったのです。(感謝・合掌)
私たちは誰もが良くも悪くもの体験を通してからしか学べない・・・辛い痛い想いをしての実体験からしか学ぶことが出来ないことを私自身が求めたから目の前に来たのです。
私自身の問題・・・課題の学びが終わればおしまいです。
そうなんです。関わっている他者関連等はそれぞれの他者自身の問題です。
他者の課題の学びに・・・誰かが割り込んで変わりに学びをしてあげるということは宇宙の法則で出来ないのです。これも周知の事実です。
私はこれらの更なる学びをスパイラルで・・・本当の意味でわかっていましたか? 理解・認識していましたか? という学びが再び問いかけられていたのです。
この繰り返しですが・・・めげないで・・・転んでも必ず起き上がる私のこの部分が今までも・・・私は好きです。
お話が戻ります。
虹の人々・・・レインボー・トライブ・・・虹の民・・・は、上記に記載させていただいた本によると今までと違い選択肢が与えられているそうです。
たしかに・・・私自身も以前の詔やお導きの共同創造関連等の誰もがみんな一緒に・・・というような感じがないこともどこかで説明の出来ない感じがあったので読んでしっくりしたというか納得したのです。
自分しだいということのようです。
選択肢があるので・・・誰もが一緒、みんなが一緒ということもなく・・・そこらあたりで至らないながらも、今までのような気負い?というか責任感?のようなものが取り掃われて・・・ある意味、ホッ!としたというか、スッキリした感の私がいます。
もともとおっとりした私ですが・・・なんだかほんわかほんわかしてる私がいます。
弥勒菩薩様のお許しを得て・・・先月(7/31)、お導きのある聖地にて今まで2つの宇宙名(サラ・ファクトとサラ・マイトレーヤ)を授かっていましたがサラ・マイトレーヤの宇宙名のみでという詔をいただいたのです。
思い返せば・・・必要に応じての弥勒菩薩様とのこの10年あまりに及ぶ歩み関連等で初期頃には弥勒のサラとマイトレーヤ・サラの2つの宇宙名を同時に授けられた時はとんでもないというような畏怖に慄(おのの)いて・・・今までも何度か弥勒菩薩様の宇宙名を横において、違う宇宙名を何度も授かりし日々を通して・・・私もまた、人々がいかにうわべにとらわれているかを知る学びを善きにつけ、悪しきにつけ、目の前でリアルにいろいろと知り学ばせていただいた道のりの側面がありました。
私には何ひとつ力がないけど・・・至らないこ~んな私でも動機しだいで誰もが共同創造のパイプ役になれることを必要に応じて体現させていただいた単なる1人に過ぎないのです。
素の私を知っている人たちであれば、よく笑ってしまうほどのどこにでもいるごく普通の人です。市井の1人に過ぎません。
特別な人は誰もいません。
特別な人がいるとすれば・・・誰もがみんな、特別な人です。
私の前世関連等もあるのかもしれませんが、誰もが同じフロアーに立っているがポリシーで今も変わることがありません。
私の尊敬している上記に記述したある1人の方が・・・詳細は控えますが、・・・その説明も私に上手にできるかどうかはわかりませんが、「人は・・・あらゆることを体験して・・・ひとまわりをして元の場所に戻って来る。しかし、必要な体験を良くも悪くもして・・・積み重ねて・・・ひとまわりして元の最初の場所に戻って来た時は、今までと違いいろいろな体験を通して知識だけではなく体験を実際に通した・・・体験をして得た知っているの意味は違う。」ということを教え話してくださいました。
その時は、理論・・・知識としてはわかる・・・わかったような気がしたのですが・・・しかし、何事も実際に自分なりの体験をしてからでないと本当の意味ではわからないということも・・・紆余曲折の試練を通してしか悟ることが出来ないこともあらためて自覚した私がいます。
大海のひとしずくに過ぎない私の長文の学びを最後まで読んでくださいまして、ありがとうございました。
感謝とともに
by サラ
大海のひとしずく・・・
心霊