昨夜、寝るときに「ブラフマン」とある光の存在が姿を視せてくださいまして詔をいただきました。
ブラフマン・・・このブラフマンの言葉も私にとっては久しぶりに聴く言葉でした。でも、その言葉は違えど、とても馴染みのある・・・言葉でもあったのです。余談ですが、ある前世でインドの修行僧のときもありました。その時に関わりのあった同じ修行僧の方が2人います。1人は四国在住の男性知人で、もう1人は中国地方在住の女性で、仲間&友達の1人です。ガンジス河のほとりでオレンジ色のサリーを3人共(当時、男性)にまとい談笑しながら歩いているビジョンが度々、断片的に何度か2年前頃に視えていたことがあります。
今までも・今現在もご縁をいただいていた・いる仲間たちもまた、私の数えきれないくらいの前世で関わりがあってのご縁だと思うのです。お互いにそうだと思うのです。特に家族・・・身内ほど前世からのカルマ絡みが強くて一緒になっているというお話はよく聞いたりして教えていただいて来たことも周知の事実のようにです。
Wikipediaより抜粋させていただきます。
「 ブ ラ フ マ ン 」
ブラフマン(サンスクリット語は省略。brahman)は、ヒンドゥー教またはインド哲学における宇宙の根本原理。自己の中心であるアートマンは、ブラフマンと同一(等価)であるとされる(梵我一如)。
概要
サンスクリットの「力」を意味する単語からきている。特に、物質世界を変える儀式や犠牲の力を意味する。そこから単語の2つ目の意味がでてくる。2つ目の意味はヒンドゥー教の最高のカースト、ブラフミン(en:Brahmins)であり、彼らは上述のような力を持っているとされる。
歴史
神聖な書物である「ウパニシャッド」にあるように、ヒンドゥー教のヴェーダーンタ学派(Vedantic)の思想によれば、この単語が指しているのは、外界に存在する全ての物と全ての活動の背後にあって、究極で不変の現実である。
ブラフマンは宇宙の源である。神聖な知性として見なされ、全ての存在に浸透している。それゆえに、多くのヒンドゥーの神々は1つのブラフマンから発生したとみなされる。
Great Indeed are t5he Gods who have sprung out of Brahman. – Atharva Veda
偉大なるものは、実に、ブラフマンの中から湧き出て来た神々である。 - 『アタルヴァ・ヴェーダ』
ウパニシャッドの哲学者は、ブラフマンは、アートマンと同一であるとする。ヒンドゥーの神々の体系は、ブラフマンはブラフマーと同一のもの見なされる。ブラフマー(創造者)は三神一体(Trimurti)の神々の1つであり、ヴィシュヌ(保持者)と、シヴァ(破壊者)とは本来同一とされている。
日本に住んでいる私たち・・・学徒たちもまた・・・いえ、世界中の一握りの学徒たちもまた未来永劫不変の光の真実を探求していてたどり着く目的は上記の記述と同じなり。
※記述の「一握り(ひとにぎり)」の部分は昨夜、就寝前に詔をくださった光の存在からの助言が今、あり記述。その後は光の存在方との共同作成になりました。
※もっとも、このブログを書いていること自体が共同作成なり。
私にとって何度も書くようですが先月の8/19の早朝から直近に至るまで・・・めちゃくちゃハードで心身共に疲れ果てて・・・泣くに泣けないほどに心身共に消耗しきっていたように何度も思えてならなかったのです・・・実際にその通りであったのです。
実際に先日(9/5・6)のお導きのときも・・・バイブレーションを整えるも・・・前日、私は大丈夫なんだろうか?という一抹の不安がどこかでよぎったことも本当のことだけど・・・やはり、行かなくちゃ!! パイプ役で現地にこの身体を仲間&友達の2つのグループ分けも事前に初めて光の存在方がしてくださいまして詔をいただいていたこともあり・・・どうにかなる!! いつものように何も考えずに・想わずにお任せで行こう~!!と仕切りなおしたら行けたのです(^^)v
帰宅してからも心身共に疲れがあり・・・
そのような中で・・・予定の13日からは行けるのか?・・・と、またまた自分の身体の消耗や思うとおりにテキパキできない日常の用事はかろうじて必要最低限度が精一杯という感じで・・・一時、キャンセルしようかとも想ったりしていたのです・・・
ところが・・・「行きなさい」と詔をいただいて・・・予定通りに行くことにしたのです。
お導きで行ったある聖地の摂社で参拝していた時に、2つ目の摂社では弥勒菩薩様が現れて・・・3つ目のところでは頭に黄金の冠をかぶり、白い上下の服を着た(※今まで私が視たことのない光の存在の服装)、そして・・・表は黒で裏側は紅いマントをまとい・・・(※そのマントは、私が三十数年前に突然、リビングでクンダリーニを体験した時にイエス様が床から天上の高さの大きさで光り輝くこの世のものではない言葉には出来ない祝福に来てくださった時にまとっていた正装?のマントと同じようなものとすぐにわかりました。)・・・「サンタ・マリア」という声なき声のテレパシーというかご神託(詔)が私の胸に響いて来たのです。
「サンタ・マリア」の名前はイエス様のお母様の敬称です。
胸に響いて来た時は・・・どこかで聞いたこともあるけれど・・・わからなくて・・・この時に、はじめて私はイエス様のお母様であるサンタ・マリア様のこのような姿を視ました。
弥勒菩薩様はじめ、サンタ・マリア様共に・・・その時から「(また、あらためて共同創造を)一緒にいたします」とお話がありまして・・・(その意味?は帰宅した翌朝(9/15)、ミサイルが・・・そのことを知り、テレビ報道番組で何度か観ながら・・・なんとなく、それも含めて、そうだったんだと私なりにわかったのです。既に終えているお導きの最前線・光のプロジェクト当時、聖母庁のイシス様が5~7m位の大きさで必要に応じての共同創造関連等で何度か顕現されたリアルな姿を視たことはありましたが・・・サンタ・マリア様のこのような姿は本当に私にとっては初めてのことです)・・・心ある方がたに、この意味を・・・
私の心身の調整はもちろん、表裏一体での調整もしてくださったのです。
その後でわかったことは・・・このテラ(地球)の次元上昇中の新たなエネルギーに私自身がいろいろな絡み等もあり、上手に対応できていなかったこともわかったのです。
何事も中道ですが・・・バランスですが・・・忙し過ぎて(その大半はあまりにも他者の時間に合わせ過ぎていたことに気付かないほどに必死でサポートをしていた流れがありました。ごく最近、ある1人は何年も同じことの繰り返しで・・・本人も自覚していて、その場限りの自分がいる・いたことを生々しく電話で聞かされた私は・・・最後の望み?に託したけれど、もう無理!!・・・言葉だけではなく本人にその意思・・・意識がなくては元のもくあみ状態・・・なので私はやめました。これらは多くの人たちもそうなんじゃないのかな?とも思ったのです。余談ですが、真実を求め、見極め歩いていくプロセスの意思・・・意識がたくさんの人たちにあったら・・・至らない私がいうのもおかしなものですが、おそらく?今のような世界の状況の在りようは違っていたのかも?と想うのです。私たちは創造主の分け御霊(わけみたま)です。)・・・私は自分の時間を以前のようにもっと大事にしなくちゃということにあらためて気付いたのです。
悲しいかなぁ~ 人にもよりますが、他者は私が想うほどに自分の人生のことを真剣に考えたり・思ったりしていないことも・・・真剣に考えたり・思ったりしているのかもしれませんが、プライドとの葛藤の部分で、この長年間、多くの人たちとの関わりの中で私なりに問い・・・無駄ではなく幽体にインプットされていることが唯一、救いであることが至らないながらも・・・何らか少しでもいつの日にか(出来れば、早い日に・・・)ホッとくつろいでいるときにでも・・・ちょうどよい時に思い出されるかと想われるので自然の流れにお任せです。
私をはじめ、本人が気付かなくてはいくらパイプ役になっても無理でダメなんですよ・・・ね。
誰もが自分の人生に自由意思の選択と責任があることも周知の事実です。
私にも課題が毎日あります。もちろん、繰り返しの課題がわかりましたか?と常にスパイラルで来ます。心身の調子がよくて機嫌がよい時には何事もカンタンに受け入れて葛藤もない・・・ところが、そうでない時のほうの出来事等がテストされているとか試練の時で背負えない荷物を神様は各自のカルマ等の学びを通して一見過酷そうに見えても各自のためにそれぞれ善用しているとよく云われています。
私もまた、この世界に足を踏み込んだ36年前頃に最初のお師匠さんである千葉・佐倉市在住の佐藤さんご夫妻から、「自分がやりたくないほうをいつも選択したほうが、結果的に自分のためになるのです。(魂磨きになるのです。)」と何度となく私に事あるごとにそのように教えてくださいました。
私の場合、その当時・・・今もそう大して変わりないのかもしれませんが、すぐに受け入れる対応が出来ないときは、「ちょっと待ってください!」とよく声に出してつぶやいたりしていたものです。今もある意味、保留中?にして時々、痛い目にあいながら少しずつスパイラルで学んでいることも多々、あります(^^;
完璧な人はいなくて・・・誰もが不完全だからこそ、お互いに出来ることは協力して連繋してジグソーパズルの1ピースになる面白さや愉しさを体験し発見していく生き方もある・・・中道の歩き方を今もレッスン中の私がいる・・・
自分一人では心もとないので・・・志を同じくする仲間&友達がいることはありがたく嬉しく幸せな私です。
まだ、会えてない新たな仲間たちとお互いに協力・連繋ができる日をいつも待ち望んでいる私がいます。連絡をください。
もちろん、今までご縁がありご都合で遠のいていたかっての仲間たちもです。連絡を待っています。
アセンション(次元上昇)中のこのテラ(地球)は、私たち人類の想念体の総意が結集されて創られていることは周知の事実です。
いつだって・・・いつからだって・・・誰もが気付いたときからやり直しが出来ます。出来るのです。(※私は、これでいつも勇気をもらい、自分を鼓舞しています。)
大難が小難になることも・・・全ては1人の人からいつも始まると云われています。
神様方も100%とは云われていませんので・・・その意思や意図、意識を求め行動するプロセスが大事と多くの霊の書に記述されていますし、お話もそのようにあります。
私たちは1日が終わり、夜に寝ます。
朝、目が覚めれば・・・新たな1日の始まりです。
昨日までのことは過ぎ去った過去の出来事です。それらから、自分なりの学びや教訓を得れば・・・体得すれば、それらは善いのです。
ある恩師の1人がこのようなことを話してくださいました。
「人は夜、寝て死にます。朝、目覚めて誰もが生まれ変わって1日の始まりです。」
この教えを私は何度となく思い出して・・・その意味を考えたりすることがあります。
よろしかったら、皆さんも参考にしてください。
一時期(お導きで9/5・6に行く直前近くまで)、8/19からの予定の内容が想像を絶するあまりにも過酷過ぎたこともあり・・・身内を含めた複数の人から、私が死んでしまうのでは?と想ったと言われるほどに心配をおかけしてしまい・・・しまいました。ごめんなさい。すみませんでした。(--;
数ヶ月前から・・・レオナルド・ダ・ヴィンチのカノン図が時々、視えていたこともあるのですが・・・
ちなみに、神聖幾何学(フラワー・オブ・ライフ)は、自分で探求する学問と云われています。
マス目のある部分に私自身が上を向いて寝ていて浮いている姿を何度となく視せていただいて・・・その意味がまだよくわからないのですが・・・カノン図は人体図なので・・・私たち人類の人体のアセンション関連にとっても大事なことなのだと思うのです。中学・高校の美術の教科書等にも掲載されていて・・・その当時、カノン図を見て意味もなくインパクトがあり、今もその記憶があるのは、やはり大事な人体のアセンションが関わっていたからかもしれません・・・。私たち人類は、決して肉体だけのリアルな存在ではなく、無限の可能性を秘めた創造主の分け御霊の1人1人であること・・・そして、全ては繋がっていることも・・・至らない私もレッスンの連続中です。
お導きの13日の翌日から、嬉しいことに、とてもきれいなま~るい地球が視えていて・・・何度も今もですが、それはテラ(地球)のガイア・・・魂のようです。私も地球のガイアと繋がれてすごく嬉しいです。いつも繋がれるように・・・地道な継続の歩みを言葉と共に行動が一致する本物になれるように私なりの歩みをマイペースで宇宙の波長である7.23の波長の調べに同調できるように意識して生(行)きたいと思います。
誰かが言っていたように・・・光の存在方もそうですが、私たち人類が住んでいる生命体であるテラ(地球)も全ての人類にいつも語りかけていた・いるのだけど・・・それをキャッチする私たち人類という個々の受信機が日常生活を通して真実を見極め開放されていればいつでも繋がるのだけど・・・もちろん、本物であるかどうか見極めも当然ながらありますが・・・「光の道をうまずたゆまず歩いていきなさい。」と天の光が刻印されて降ろされた霊の書等に記述されていた箇所が何度も私には思い出されるのです(--;
生かされていることに感謝をこめて
by サラ
・・・現象
心霊