忘れないでください

誰もが等しく神の分け御霊(わけみたま)です。

 

神様の子供です。

 

肉体のこの現実世界で見れば・・・有限の生命(いのち)という枠組み等に刷り込まれてしまい・・・いつしか人は死んで終わり。お終(しま)い。

 

と、なれば・・・短い?

 

儚(はかな)い人生?

 

と、人は刷り込まれて・・・自分が・・・俺が・・・私が・・・と刷り込まれた価値観や枠組みのなかで競争意識が生じて来たのです。

 

自分さえよければ・・・他者のことはどうでもかまわない。知らない。知ったことか。・・・と、です。

 

 

哀しいことです。

 

この他者との別々という・・・分離感・・・

 

人より良いものを着たり、贅沢な暮らしをしたいとか・・・

 

 

我が家の子供が幼い頃、近所の同年齢の子供とそのお母さんと4人で歩いている時に・・・我が家の子供が皆より先に歩いていたら・・・同年齢のその子供が我が家の子供に急いで近づき足をかけ転ばせて、「一番に行くな!」と平然と言い放ち、その子のお母さんは叱るでもなく何も言わないで黙ったままで・・・(※私はその子に注意しました。また可哀そうと思いました。)

 

また、それ以前のある時に同じ我が子に義理の両親が子供用の足こぎの車をプレゼントしてくれた時にも・・・我が家の子供と当時、一軒家の借家に住んでいたので、共同の庭兼駐車場で遊ぼうと庭に出たら・・・その同じ男の子も向かい側の家から出て来て、な~んとその子が信じられないことに我が子を押しのけて一番乗りしたのです。これには義理の両親も唖然として・・・私たちは、もう笑うしかありませんでした@@;

 

幼い小さな頃から・・・お母さんが、一番になりなさい!・・・と、言い続けて来た結果が純粋な子供の心に刷り込まれていったことをまじかに見せてもらった私は学びをさせていただいたとその当時も、その後も、今も時々・・・刷り込みの一部分の恐さを思うのです。

 

そして、気付かせていただいたことに有りがたく感謝をするのです。

 

 

その男の子には弟がいて小学生の4~5年生頃に、通学路のお店がコンビニに変わり・・・その弟が万引きをして学校にも知られることになったのですが・・・その当時、その子のお母さんがコンビニから電話をもらい、コンビニに行き、お詫びではなく自分の子供が取りやすい・・・万引きしやすいところに子供の好きなお菓子を並べているのが悪いとクレームを言い、お詫びをしなかったことが問題で大きな騒ぎとなったのです。

 

これらは1例に過ぎませんが・・・当時の私は霊的真理の学びを余儀なく?されていたこともあり・・・これら関連等を通して見せてくださっているんだと解釈をそのようにしていて(今も何かある度にです)、反面教師の役割をしてくれているのだ・・・と、学ばせていただいています。

 

 

私たち人類は誰もが神の分け御霊です。

 

神様の子供です。

 

あなた次第で・・・人は有限の存在ではなく、無限の可能性を秘めた肉体をまとい霊主肉従に気付く素晴らしい存在であることに気付きます。

 

そして、生命(いのち)は永遠です。

 

 

ハートのサンクチュアリ・・・ハートの聖域を求めて・・・

 

 

時代を越えて何度も何度も伝え云われて来た・・・『求めよ、さらば、与えられん』

 

 

 

私もまた人様のことを言える立場ではありませんが・・・私も日々、精進したいと思います m(–)m

 

  

             by   サラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

タイトルとURLをコピーしました