受け止め方や解釈の仕方は人それぞれ・・・
私たち人類の誰もに自由意志が天愛で与えられています。
今月の新月の日に・・・つまり、10月28日に私たち人類のそれぞれの選択が大きく分かれる日でもあるそうです。
降ろされた言霊で使命のある人たちや承知の人たちもそれなりのパーセンテージで知ら示されているとの事のようです。
私もまた、以前よりご神託をいただいておりました。
私以前に、ある同胞のひとりから近畿へ里帰りをされたある聖地で10月28日は上記の同じような言霊をいただいて、「10月28日・新月の集い」はとても大事な日だと思うのですと帰宅して連絡をくださったのです。
※里帰りをされる度にお導きをいただいて毎回、行かれているのは、その聖地の守り人の使命があることもその理由のひとつのようです。
あなた(がた)の動機次第で日本全国・・・いえ、世界中の至るところの聖地で肉体を持つ私たち人類が自ら率先して「心・体・魂の三位一体」で行動されるのをただただ見守り続けていることも周知の事実のようにです。
下記は「即位礼正殿の儀」の10月22日の朝、メモをするように云われて書き留めたものです。その数日前から私の次なる個人的?な下記の使命を何度か言霊でいただいておりまして・・・流れの速さに消化不良?の私がいたこともありまして・・・また、この10月は忙しくなりそうな感じがあったのですが見た目にはあまり変わりないかもしれませんが公私共にめちゃめちゃ忙しくて・・・自分と自然との対話の時間を37~8年間、毎日して来ているので、その時間は朝イチで残留のヒーリングを兼ねて大事にしている私の時間でもあるのですが・・・
私たち人類の大きな選択肢の分岐点が差し迫っていることもありまして・・・私の1個人のことなんか言ってられない・・・というようなことのようです。
念のために。お断りしておきますが下記のメモ書きの言霊は私(サラ)の個人的な使命も含まれていますが、個人的な使命のみに留まらないことも付記させていただきます。
「何度も算命学と運命学は同じです」と神様方からお話がありました。
※私自身、最初の佐藤ご夫妻のお師匠さんたちから当時、亡き算命学の先生の教えを少し?学んだことがありました。(当時、その亡き先生の著書が絶版で学徒仲間の友達が私の分を膨大なコピーでくださったのを今も覚えています)
ひとりひとりの自立を促す「運命学スクールを2019年11月1日より開講です」
イエス、薬師如来、ババジ、空海、弥勒菩薩、廬舎那仏がサポートをします。
運命学スクール開講は、自然の流れに沿った運命を切り開いていく教えです。
時期至れば自然農法をします。
コロニー庵(いおり)を含めて一緒にします。(※半年前頃に個人的なお導きの京都・東寺にて言霊でいただいておりました)
運命学スクールはその序段となります。
これらは(聖なる計画の)ある霊脈に過ぎず、いわゆる団体やピラミッド組織というものでは無いことを明言しておきます。
(私がまたいつものように青天の霹靂という想いと顔をしているのを見ていて)
私、サラは今まで自分の運命を何度も切り開いて来ています。帰還さえも数えきれないほどに予定変更をして来たなり。
その動機の全ては肉体があるから出来ることを共同創造で体現して来た経緯と実績があるからです。
それらの基になっているのが、根底には愛。無償の愛です。
無条件の愛です。
その恩恵に気付く者たちは幸いなり。
肉体があるので誰もが長所・短所があるなり。
この者(サラ)もまた同じなり。
不器用ながら損得勘定無しで今までやって来たなり。
必要最低限度の報酬で今まで来たなり。
そのことに気付く者(たち)は幸いなり。
何事もバランスなり。
中道なり。
今まで多くの者たちが傷付けられたという己のプライドに気付くために、そなたがたのために誰もが嫌がる阿修羅役を長年間して来たなり。
その間、更なる愛を知るために他の同胞たちにもチャンス!が度々、あったなり。
しかしながら、その多くは一般論でいうところの良い人でいたいがためにその学びを放棄したなり。
また、多くの在る者たちは己の感情や都合を優先して、いかにも光の存在が言ったかのように「詔です」「メッセージです」と責任転嫁をしているなり。
詔やメッセージとして言葉・・・言霊を使うのであれば、根底に愛がなければ波動が違うなり。
その部分に気付いた者(たち)は幸いなり。
肉体の感情が入れば違うなり。
それらが己に結果として戻って来るなり。
因果応報。
因果律なり。
それらに気付く者たちは幸いなり。
それらにいつまでも責任転嫁している者たちは来る新月である10月28日の選択いかんにより大きく分かれるなり。
それらの選択肢もまた自由意志によるものなり。
自由なり。
心ある者たちよ、早く目覚めるなり。
本気になるなり。
猶予はあまりないなり。
心せよ。
己の感情との戦いなり。
囁きの感情は己の中に巣食うサタンなり。
それは、己がプライドというエゴ等をあまりにも大事に扱い過ぎて来たからに他ならない。
それに気付く者は幸いなり。
選別という言葉の意味は、誰もが自分でいつも決めているなり。
光の道をと求めるそなた方よ、その選択先が今までよりもよいものと考えがちがあるけれども、果たしてそれが本物であるかどうか?をあなた方はどのように見極め判断しているのだろうか?
それらを判断するには知識や多くの経験が必要なり。
ごくシンプルに云えば、あなた方の一番最初の直感が大事で決めてなり。
2番目、3番目の都合のよい直感は不可なり。
以上が書きなさいと云われて来たメモ書きです。
昨日(10/23)、ご依頼のお導き関連等で直前にて変更されまして明治神宮へ行きました。
その時に・・・天照大神が正装姿の十二単でご本殿にお姿を視せられまして、「10月28日、 私たち人類の選択肢がこのままでは7分の1です」と座り頭を下げられまして「お願いします」と仰られたのです・・・
10月28日の「新月の集い」に、誰でも霊脈に関係なく参加できます。
※人々により悔い改めが必要なり。
心ある人たちの勇気ある行動を神々様方は待たれています。
みずがめ座の時代・・・ワンネスの世界は誰もが分離のない・・・自然の一部のわたし・・・わたしは自然の全てであることを誰もが知って体現している世界のことです。
あなたから・・・
わたしから・・・
「私たちは誰もが幸せになるために生まれて来ています」
青い花を見つけましょう。
感謝とともに
by サラ
「わたしたちは誰もが幸せになるために生まれて来ています」
