「光の中に立て・・・」の詔が毎朝、私に話しかけて来たのは今から1週間前からでした。
それはある近畿地方お導きの必要に応じたオールマイティでの希望者(特別)調整の期間が4月27日までの限定で。
ある意味で。また、霊脈を問わず。マクロ的な視点での思考パターンの意味が含まれていた。
結果論でいえば、光の使徒(ライトワーカー)たちの真意を問うテストだったのです。
希望者は複数人という残念ながら少数人ではありましたが、それらのパイプ役の内容は言葉には出来ないほどにハードなものでした(日増しにその内容のハードさもより苛酷になるという流れでパイプ役と言えども、3日連続の3日目は漠然と・・・連絡があった時はお断りをしたいと思う内容がどこかでそれなりにわかっていたかのような私がいました。いたのです。その日の帰宅後の夜、歯磨きが出来ないくらい歯が疲労で4ヵ所位が浮いてしまい。結果、3日間疲労がそれなりに回復するのがかかり、歯磨きも回復したと同時に元のようにできるようになりました。
お話が戻ります。
役割の調整中にその全員(1日1人限定が実際には限界)にそれぞれの自宅と敷地はじめ、必要に応じた身内絡み等の同じくそれぞれの自宅と敷地絡み等のお祓い・浄化をオーバークロス(現地に次元を超えて身体を持って行き実際に現地にてこの世的に表裏一体で役割をする。尚且つ、もうひとつの身体は聖地にもありパイプ役で必要に応じたオールマイティでの調整をさせていただくという意味)。
もっとも、私自身は光の道を求め学徒の1人であり、永遠普遍の霊的真理=神法の探求と実践の研鑽を自然の流れで日々、それなりに私なりにマイペースで・・・いえ、見えないものが良くも悪くも視える・聴こえるの霊媒体質を大まかに大きく3つに分類したマインド・ミディアムタイプ(*そのマインド・ミディアムタイプもまた様々にタイプが分かれているようです。ご参考までに。これらの研鑽はある意味、愉しくもあり・苛酷でもあります。
なので、それこそいわゆる霊能が先行すれば、またそれらを求めれば本末転倒の精神に異常を来たすこともそれなりに学び・教えられて、死んでも持ってゆける永遠普遍の霊的真理の教えの光り輝く天の刻印が押され降ろされた霊の書等をはじめ、良くも悪くもセミナーやワークショプ関連等のご縁の本物であるか?どうか?の見極めのガブリエルの眼の研鑽と本来の教えであるか?どうか?の見極めの研鑽の実体験の学びを私なりに必死でして来た経緯あり。
忘れてしまいましたが・・・三十数年前に突然、自然体でクンダリーニが起きた時にイエスが今まで私が見たこともない黄金の光のシャワーが降り注ぐ中に、王冠をかぶり正装姿で祝福に来てくださったことは今も鮮明に覚えています。その当時の私には何が起きたのか?がわかっていなくて・・・クンダリーニが起きたんだということを理解したのはその当日の後にお師匠さんに電話をして出来事を話したことでわかり理解したのです。
クンダリーニに付いては、周知の事実のように伝授することは出来ません。クンダリーニには危険が伴うこともです。
何事も準備が整い自然発露(私の実体験からですが、自然にかなったものは無理にされるものとは異なった作用が生じるようです)にお任せするのが善いようです。ご参考までに。
私の場合、このような自然の流れで来ています。自分から、何かを求めるなんて私には畏れ多くて有り得ません。無いです。
お話が戻り・・・
ラムサ ー 真・聖なる預言」著者のラムサも普通の一般人で戦いもして来たこと等も著者に記述されていたのを読みながら、ラムサの流れ等で神に挑み・・・光の道を求め歩き始めたごく普通の市井人である本人の人生の生き様が書かれているのです。その本を私は22~3年前頃に古本屋さんで目にとまり買ったのです。
私のバイブルというべき霊の書は基本の複数の著書はじめありますが・・・特に、ホワイト・イーグル=(聖ヨハネ)の「自己を癒す道」とラムサの本に記述されている「朝日に向かい。私が呼吸をする毎に神の息が私の身体の細胞の分子ひとつひとつを満たしてくれているというアファメーション(言葉)とイメージをする」という共通の内容が記述されていることもあり私なりの実践書でもあるのです。
出来ない時もあるけれど・・・自然を眺めたり、自然に触れる、自然の中を歩く等も癒されますので。これは毎日、5分でも良いので最初の佐藤さんご夫妻のお師匠様の教えに感謝をしながら今も継続しています。私なりの日課というかそのようになっています。
何も考えてはいませんが・・・「継続は力なり」のことわざの意味を時折、痛感したり・体感をすることが私なりにありました。あります。
・・・私はなぜ? このようなことを書いているのだろうか?という思いに・・・不特定多数の誰かに必要だからという詔を今、いただきました。
またまた、お話が戻ります。
タイトルの「光の中に立て・・・孔雀明王」の光の中に立ての、詔は4/28朝から5/1の朝まで毎日ありました。
そして、4/27の奈良のある聖地にてアマテラス大御神から「久しく明治神宮に来ていないので来られたし」という詔をいただいておりましたので、行く当日の前日まで光の中に立て・・・という詔がありました。
5/2当日、ご縁のある同胞(仲間&友達)の複数人(*この時も事前の担当より配信がありましたこともまたある意味でのテストだったようです)と行きました。
明治神宮当日は、4/30~5/4まで春の大祭中でした。参拝後にお能の奉納を境内の間近で観ることも出来ました。
その始まる前に、私に「天命を受け入れなさい」という詔をいただきまして・・・えーっ 私なりに受け入れていたのだけど@@;という戸惑いがあり、正直わからなくなり・・・(TT;
その答えが本日の早朝にありました。新たな別件だったのです。
振り返ると・・・その天命関連等にて、先月のある時に孔雀明王のことをある著書を通して初めて知った私でした。
本日の早朝、日の出が既に始まってから媒体の太陽を通した霊太陽礼拝の時に・・・いえ、昨夜というか日付が変わった頃に就寝した時に孔雀明王が来られているのが視えたというか・・・その前にオオクニヌシノミコトが来られているのが視えました。明治神宮へのお導き前頃から毎日、オオクニヌシノミコトの姿が霊視されていたことも付記。今も、孔雀明王と共にサポートをしてくださっています(感謝・合掌)
感謝とともに
薬師・庵寿(サラ)
光の中に立て・・・ そして、孔雀明王
心霊