陽光

お 知 ら せ

ご依頼関連等に付きまして、ご理解をされていらっしゃらない方がたがいらっしゃるようですので・・・

あらためまして、神社リトリート&イニシェーションはじめ、お祓い・浄化関連等のご依頼は随時、承っております。

 

※詳細等に付きましては、リンクの和やかな環「白い鳩カウンセリング」HPをご参照ください。

 

どうぞ、よろしくお願いいたします。

 

       コスモ・カウンセラー

       サラ・鳳凰

 

 

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「フラワー・オブ・ライフ/古代神聖幾何学」・・・フラワー・オブ・ライフ・・・神聖幾何学は古代だけではなく今も私たちのまわりの自然界はじめ、音階、身体のまわり等、様々なところでみられることが周知の事実です。

 

奥が深すぎて私にはわからないことだらけの学徒のひとりに過ぎません(--;

 

ある側面で私なりに最近、わかったことは・・・メッセージ=詔=ご神託やお導き=ご神事関連等は宇宙に帰属しているということです。

 

もちろん、ガブリエルの眼=本物であるかどうか?の見極めが常に必須ですが・・・聖なる計画=大いなる計画の情報は宇宙に帰属しているということを知り学びました。

 

私たち人間もまた小宇宙=ミクロコスモスであることも周知の事実のようにです。

 

大宇宙はマクロコスモス。

 

全ては繋がっている。

 

左脳(女性性)と右脳(論理的/男性性ともいわれています)・・・どちらも必要でバランスが大事なようです。

 

よく云われているように、何事もバランス・・・

 

詳しいことはわかりませんが、人類の誰もが感情という体験を通して虚空に動きを描いているようです・・・

 

良い悪いではなく、必要な経験を誰もが自分の成長のためにしていると学び教えていただいて来ました。

 

自分と他者とを比較したり、競争したり等は本来、無いもののようですが・・・それもまた必要で経験しているといいます。

 

 

「放蕩息子」の話は誰もが知っているかと想います。

 

誰もが平等だけど・・・この現実世界では、そうは想えないことが多々あります。

 

上手に説明できませんが・・・この現実世界で時にエーッ@@;と想うことが私自身も他者をみて何度かありました。

 

その時に、当時の最初のお師匠さんから「放蕩息子」のお話しを聞いたのです。三十数年前の話です。

 

出来の悪い子ほど、神様方がより大愛で赦し優しく包み込んでくださるのです・・・というようなことをお話してくれたのです。

 

どちらにしても、私たち人類の誰もが天の大愛に包まれているというお話です

 

 

私は今までご依頼関連等を通して・・・お導きである聖地にたどり着く前に既にイエスと大天使ミカエルがお出迎えをしてくださっている姿を数えきれないほど視て来ています。

 

大天使ミカエルが着ている服・・・特に白いパンツ(ズボン)は毎回、泥んこで・・・きれいな時はたったの1度しか視ていません(あまりにも汚れすぎていて着替えたようです)。

 

泥んこの姿は、私たち人類のために寝る暇も惜しんで連日、働いてくださっているからです。

 

その姿を視たり、思い出したりする度に・・・また、数えきれない回数の帰還絡み変更等を経て来たこともあり・・・至らないながらも共同創造のパイプ役になれるのであればと・・・今に至っています。

 

パイプ役は大それたことではなく、この地球に住んでいる私たち人類のある意味、使命です。

 

私たち人類が住んでいる地球ですからね。

 

マスター方はじめ、神仏様方・・・光の存在方のお姿を目の当たりで一度でも視れば・・・任せっぱなしな~んて出来ないはずです。出来ないです。

 

この地球に住んでいるのに・・・私は恥ずかしく思ったのです(--;

 

 

私たち人類は、見えない世界が視える・聴こえる人たちと感じたり・体感したりする2種類の人たちしかいないと学び教えていただいて来ました。

 

見えない世界が視える・聴こえるは、霊性進化(魂磨き)が進めば進むほどに豊富な経験を経て来ていますので・・・どれが本物?どれが偽物?かという両刃の刃の部分が当然あり、見極めの責任がある程度出来るようになった時に・・・あなたの霊的ガイドたちが善しとされた時に結果として視える・聴こえるが求めなくとも顕現して来るようです。

 

それで終わりではなく、本物であるかどうか?見極めは常に自己責任が伴い日々、学びのハードルのレッスンが続きます。それと同時にそれらに見合う霊的真理の知識と経験が良くも悪くもテストが次々に来ます。← これは、視える・聴こえるに関係なく、人類の誰もに学びが来ることも周知の事実のようにです。

 

砂上の楼閣では嵐が来たら、すぐに倒れてしまいます。という例え話です。(※嵐の意味は、感情関連等に置き換える例え)

 

霊的なことは決して急がずに、確実に・・・失敗と想う幾多の経験もまた、砂上の楼閣ではなく、嵐が来ても倒れない堅固な土台を創るためのものです。

 

何が来ても忍耐で・・・そこから学び・・・メンタル面が鍛えられるのです。

 

精神が鍛えられて来るに従い・・・水面に落ちた葉っぱのように静かに舞う精神力の学びが培われるのです。(私もレッスン中!)

 

日常生活で起きる出来事に無駄がない・・・とよくいわれています。(私もまたレッスン中!)

 

 

それでは、今日もポジティブに笑顔で~ (^^)

 

 

感謝とともに

 

        by  サラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日々、

 

 

 

 

 

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