ターニングポイント・・・

「秋分の日(9/22)である今日はターニングポイント・・・」

 

と、目覚めた私に何度も(ブログに)書くようにと詔(みことのり)を急がれている様子でした。

 

なぜなら、この流れに乗れる次元上昇=アセンションにまだ間に合うであろう人々がいるとのことです。

 

 

マグダラのマリア様より

 

新しい地球への道はシンプルです。

 

罪なし

 

恥無し

 

後悔なし

 

以上です。

 

マグダラのマリア様は、真実を長年間、覆い隠されて来ていましたがイエス様と結婚していた真実があります。

 

 

下記を書く必要があるのか?・・・以前にも書いたことがあるのでとか想ったり躊躇していたのですが、書くようにとお話がありまして再び記述します。

 

イエス様は禁欲主義ではありませんでした。都合が悪い・・・困るので、マグダラのマリア様を娼婦に仕立て、イエス様が禁欲を貫き通したように実話を捻じ曲げられたのです。お互いに最愛の2人だったのです。その当時、生まれたのが娘のサラでした。(成人してサラは結婚したのですがその相手は今、現在のマスターソウルであることをごく直近にわかり思い出したのです。)

私はそれらの前世を19年前の夏頃に何度か思い出し知りました。当時、お父様であったイエスが磔にあったゴルゴタの丘へ続く道関連等の景色や匂いも鮮明に思い出したこともです。

2012年を前にしてイエスが2011年の10月のある日にやむを得ず(地球と人類救済の措置のために)事後報告で私のシルバーコードを切り繋ぎ止めていることをお詫びしてくれたことも真実です。

イエスとは、私が大まかにいうとマインド・ミディアムタイプの霊媒体質であったがゆえに霊的真理の基本を学び始め、自然とある日にクンダリーニが当時(38年前の初夏)、起き、私は何が起きたのかわからない衝撃の放心状態で寝転んだままでリビングにいたのですが、その直後に黄金に光り輝く王冠を頭にかぶり正装されたイエス様がリビングの床から天井に届く大きさで顕われて、正装されたその輪郭は、例えようがありませんが・・・強いていうなればネオンサインのように黄金の光の球に縁どられ光り輝いていて、黄金に光り輝く光のシャワーが天から降り注ぎ、祝福に来てくださったことはわかったのですが・・・イエス様がしばらくしてから帰られたのですが当時、何が起きたのか?わからないままに動けない私がいたことを忘れることなく今も鮮明に覚えています。クンダリーニが起きた38年前からイエス様とご縁をいただいて来た私なりの今までの歩みをカンタンに記述。マグダラのマリア様とのご縁ももちろんです。

マグダラのマリア様はイシス神殿で高級イニシェートの巫女さんでした。私もまた前世(お母様であるマグダラのマリアのずーっと後のことです)でイシス神殿で訓練を受け修行をしていたひとりであることを「フラワー・オブ・ライフ/古代神聖幾何学」ドランヴァロ・メルキゼデク著を発売前からお導きで読みマスターするようにといただいて・・・マスター出来たかどうかはいまだによくわかりませんが、イシス神殿関連のある章で当時、ワニのいるところを精神統一して歩いていた(落ちるとワニに食べられる!?)私自身を思い出したことも読む度にありました。カンタンに以上。

 

 

私の学びと共にあった・ある主だった最初のパイプ役の共同創造=missionは神社リトリート&イニシェーションです。

 

ご承知かと想われますが・・・あらためまして、再確認の説明をさせていただきます。

 

リトリート:癒し(ヒーリング)

 

イニシェーション:ひとつの意識レベルから次の意識レベルへと進むプロセスのことです。霊的存在から直接、与えられる場合とパイプ役を通した肉体を持つ人物から与えられる場合とがあります。

 

イニシェート:ひとつの意識レベルから次の意識レベルの入り口をくぐり抜ける者のことです。

 

アセンション(次元上昇):各自の意識レベルのことです。もちろん、生命体であるテラ(地球)のスピリットであるガイアが次元上昇を求めて周知の事実のように私たち人類が住んでいる惑星テラ(地球)がアセンションしています。

 

 

 

これらは、神社リトリート&イニシェーションを丸投げで受ければ調整を必要に応じてオールマイティでしてくれるからというような解釈は違います。何事も一番最初の動機が結果をもたらすことも周知の事実です。

 

・・・これらに限らず、何事も私たち人類の自由意志に任されています。そして、自己責任も然り。

 

良くも悪くも体験をするために私たち人類は生まれて来ています。

 

 

次に

「ホワイト・イーグルの霊示 自己を癒す道」桑原啓善訳/コスモ・テン・パブリケーション発行/昭和63年10月1日第1刷発行より抜粋(お導きにて)

 

愛するとは善を見ること

 

人は毎日の生活で、その行動がしぜんに愛の人であるようにならねばなりません。

 

愛とは感傷や感情じゃありません。

 

愛とは善を見ること、神を見ること、生活を通して因果の理法を理解することです。

 

愛するとはすべての人に寛容であること、日常生活のすべての出来事に我慢があることです。

 

すなわち辛抱・思慮深さ・親切とか柔和、そうあることです。

 

以上のすべての性質を一言で包含した言葉が_____愛、これです。

 

 

 

mission

 

 

すべての人が幸せになりますように(感謝・合掌)

 

私たち人類は誰もが幸せになるために生まれて来ています

 

今後、どのようになるのか?私には全くわかりませんが・・・在るがままに。

 

それでは、またお会いしましょう 。。

       

 

              by  サラ・鳳凰

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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