「我が意にあらず、おん身の意行わるべし」。
神の子等に対するご意志は、いついかなるときも、子等の完成これです。
しかし、人はこの完成に向かい骨を折って生きねばなりません。
もし、それが誤りを正すために地上に再生することなら、つまり、前世に蒔いた種の結果を刈り取るためなら、喜んでこの法を受け入れねばなりません。
もし、本人に、神のご意志である、過去の誤りを正す唯一のこの道を耐えるつもりがあるなら、喜々としてこれを受け取らねばなりません。
何となれば、柔和と愛の精神でこれを受け入れれば、たちどころに原因と結果は帳消しになるからです。
カルマが終了するのです。
しかし、この受容は心からでなければなりません。
あれこれ頭を使う問題ではありません。
自然の心の、言葉の、行為の発露でなければなりません。
こうして魂がついに自己放棄の段階に到達しますと、魂の目は開かれ神の栄光を見、不滅の経験の認識を経験します。」
「我らは極めて単純な健康の秘訣を伝授したいと思います。
それは「感謝をもって生きること」これです。
もし心が、生きることすべてに感謝で高鳴っていたら、その人の核心より光明が輝き出て、人生が光輝きます。
生きることそのこと、人生の味わい、五感を通じての素朴な喜び、これらから人の心には感謝の念が呼び覚まされましょう。
しかるに、生を厭い愚痴をこぼし、心は閉じられたままでいます。
でも、そういう人の内部にも、小さな火がチラついています。
もし、その火が生命を与える太陽、つまり神の光にあたって育てられたら、炬火となって燃え立ちましょう。」
「我らは霊の世界にあって、皆さんに愛を送る者です。
我らは皆さんの悲しみを取ってあげることはできません。
悲しみは皆さんの経験です、それによって人は霊的生命の美に目覚めるのですから。
我らは、皆さんのカルマに干渉することはできません。
だが、我らは皆さんの人生途上にあり、助言を与えることは許されています。
また、皆さんが苦しみにおちいる道に進んでいるのを目にしたら、傍に立って、元気づけ勇気を与えることは許されています。
しかし、その道がどんなに厳しくても、貴方が自分の心で、自ら選んで通るその道は、神の道、正しい道です。
このことを知り、神に自己を委ねなさい。
人生にあって迷うことがあったら、貴方の胸の内奥に聞きなさい。
つつましく神の前にひざまづきなさい。
世俗の心を働かせてはなりません。
神法に自己を委ねなさい。
その時、平和と喜びがありましょう。
貴方はもはや疑念を抱きません。
すべてが公正で、すべてが良いということに。
もし、神に貴方が同調していたら、神が愛であり、神の道が常に公正であることがわかりましょう。
神を信じなさい、神に忠誠でありなさい。
もし、今まで自分が反抗的だったとわかったら、謙虚に許しを請いなさい。
これが唯一の人間の自由意志の選択です___すなわち、この道を行くかあの道を行くかでなくて、愛と謙遜を持って自己の経験を受け入れるか、または、ひねくれて怒って反抗的になるか、どちらかです。」
※「ホワイト・イーグルの霊示 自己を癒す道」訳者/桑原啓善/(株)コスモ・テン・パブリケーション発行の初版より役割にて抜粋。
「ホワイト・イーグルの霊示 自己を癒す道」 (抜粋)
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