在るがままに・・・

最近、私なりの知る限り。
脳科学者たちが2014年以前から、脳は様々な体験をして、それらの体験を通した感動により進化。成長することが知られています。
テレビが当たり前の時代ですが・・・あらためて、お恥ずかしい話ですがテレビもまたバーチャルな世界で、テレビ画面を通して観る景色の森や樹木、野菜、魚介類の食べ物などの匂いや香り、手触り、風味、食感等が伝わって来ることはありません。
当たり前と思っていた私なりの意識をほとんどしていなかったテレビの受け入れ方の軌道修正をした。もっとも、永遠普遍の霊的真理の探究と研鑽・・・光を求め歩いている学徒の1人である私は幸い、天から31年前の義父のお通夜に急きょ、授かった照魔境(しょうまきょう)のアイテムが自然といつも役立っています。
当時、急きょ、お通夜に来てくださった皆さま方の前に家族で立ち喪主がご挨拶を始めると。目の前に光り輝く光の板である照魔境が私(たち)にバシッ!バシッ!と次々に容赦なく当たり下に落ちていく様子を目の当たりに視せられた私は、勘違いであれ人々の想いの想念体が正しくないとこのように変化されてしまう恐ろしさを身に持って知ったのです。よろしくない霊魂等が、波長の法則でよろしくないそれらの想いを使い、動くこともです。
これらは、近かろうが・遠く離れていても関係なく相手に瞬時に届き傷つけてしまう表裏一体の仕組みというか・・・在りようを身がすくむ思いで守護霊様はじめ、神様方から助けていただいたのです。当時、中学生と高校生の息子たちにその矢が刺さっていたらと振り返るたびに人の想いの念が正しくなければ、このような恐ろしい出来事が表裏一体で起こっていることを初めて私が知ったときです。
そして、病院へいけば原因がわからない痛み等で済まされてしまうようなことも・・・知りました。
このようにして助けて下さった「照魔鏡」を授かった私は必要に応じて使いこなすようになり。
この「照魔鏡(光り輝く板のような鏡とイメージ・解釈してくださいますと幸いです」は、私個人だけではなく、それなりに準備が整い必要な人たちに無料で伝授するべきであることがわかり、そのように今に至るまで必要に応じて伝授させていただいて来ております。
「照魔鏡」をテレビ画面を通して、テレビ本体を含めた少し大きめに完全・完璧にイメージした光輝く板をテレビ画面の前にマイナスのものを完全・完璧通さないとアファメーション(声に出して言う。大きな声でも・小さな声に出して言ってもOK!)に半永久的に置くとイメージして置く。
注意点として。半永久的に置く(キープ)と宣言しても、必ずしも、そうとは限らないことを私なりの経験から知っていますので。
初めての人は2~3日に1度からはじめて、1週間に1度位にやり直しの練習をしていくうちに自分なりの「照魔鏡」設定のやり直しの感覚がわかるようになるかと思います。 
もちろん、携帯・スマホ、PC画面や映画を観に行った時もスクリーン全体よりひとまわり大きく「照魔鏡」をイメージして完全・完璧にできたら、必要な上映期間が終わるまでという設定ができます。電車等のドアの上部にある宣伝広告等の画面にもよろしくない波動と思った時なども遊び感覚?でいつしかできるように自然となります。ご参考までに。

昨夜は珍しく眠れなくて何度も起きて・・・3時頃のスクリーン(ビジョン)は悪夢のような出来事で目が覚めました。
既にご承知のように、阿鼻叫喚が始まっていることもです。それら関連等で起きるであろう人たちの言葉に出来ない惨事に眠れなくなった私がいたのです。
ある知人の年配のご主人は持病があり、5回ワクチン接種をしたとのことで最近になり体中に湿疹が21ヵ所に出来て・・・何も話したことがないのに。そのご主人が突然、原因はワクチン接種だ!と言い、本日、元々が病院予約日で病院に行かれていると思います。
また、ある知人の年配のご主人は6回すべてのワクチン接種をしていて、最近になりお尻(肛門の上あたりから)にかゆみがあり、病院に行くと水虫とドクターに言われたそうで塗薬をもらったとのことです。
私の身近でもこのような出来事が耳に入りあります。
先月あたり?から、私なりに「全てを受け入れなさい」という詔を度々、いただいて聴いています。
世の中全体を俯瞰して・・・ひとつのある出来事だけにフォーカスするのではなく、全体を観るようにして受け入れると違う解釈やものの見方がまた違って来るという私なりの学びを更に学んでいる学徒の私がいる。いるのです。
霊的なことはいつも奥が深すぎて私にはわからないことだらけです(--;
ある本で当時、NHKの番組で100才以上の人たちの特集で大分に住むあるおばあちゃんのお話で。
その当時、1人暮らしをしていました。
自然がある家のそばに畑があり、雨降り等い以外の毎日、その畑に行き自分の食べる野菜を作り、野菜や葉っぱ等とお話をするおばあちゃんのお話です。
畑の草を取り、草取りの草を入れる穴を掘り、そこに草むしりをした草を入れて土をかけてたい肥にするのです。
もちろん、化学肥料は一切、使っていません。
自然のなかで、畑の野菜や周りにある葉っぱたちが世話をしてくれるので喜んでいることや葉っぱさんが話しかけてくれる日々を過ごしている姿が映し出されて・・・それを観たある人が。愛と奉仕は人間だけではなく、自然界にある全てに・・・私たち人間も自然の一部なので、自然にも愛と奉仕が出来ることに気付かされたというお話をその本を読んで。
私もまた、最近・・・庭にあるお花や樹木等とあまり話をしていなかったことに気付いたのです。
せわしい?日々の流れの一部になるのではなく、自然の一部として私なりに時間を取ることの大事さを連日の猛暑に少々、フォーカスし過ぎていたことを反省した私です。
様々な意味において・・・惨事は私たち人類のひとりひとりの意識により緩和されることもあり、人類の総意識に任されていることを知り。多くの人たちが理解と行動を直ぐに移すことを願いお祈りします。
上記等について・・・今後、必要であろうことを私なりにシェアさせていただきました。
長文をいつも最後まで読んでくださいます皆さんへ、ありがとうございます(合掌)
感謝とともに
     サラ

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