私が視た・・・2度(追記10/13朝に3度目)に渡り視せられた裡なる神の分け御霊の神様の姿は縄文時代の土器の土偶の姿と同じ

私にとっては、ごく当たり前になっている・いた裡なる神の分け御霊は縄文時代の土器の土偶と同じ姿です。肌の色はどちらかと言えば、生まれて間もない頃の赤ちゃんみたいな肌色です。
最初に裡なる神=内在の神性の姿を視た・・・視せられたのは今から39年前(1985年)の5月頃だったかと思うのです。当時、東京都町田市に住んでいて次男が小学校1年生になった頃で近所の友達3人で自宅から静かな自然が残っていた(*余談で恐縮ですが当時、午前中によく1人で自然療法のヒーリングというか田舎育ちの私は何しろ自然と戯れたいという衝動に度々駆られていた時の一番大好きな大きな金木犀の木がある途中の場所が気に入っていた特別なところあり)徒歩10分位の近道をしたところの空き地(以前は何年もの間、近くの子供たちにとっては広くて遊び場でした)が分譲になり家が2~3建出来て引っ越して来た頃の話です。
その時は次男含めた3人が遊びに行き遊んでいたのですが・・・その中の転居して来たばかりの1人のお母さんから悲鳴のような嘆きの電話がかかって来て、とりあえずそのお宅に行き興奮冷めやらずのお母さんからの詳細の話を聞き始めた頃に、突然に裡なる分け御霊の神の姿が縄文時代の土器の土偶にそっくりな姿で私の胸の奥にある魂から全面に出て来て30cm位?の大きさで顕われて、「興奮冷めやらずの友達のお母さんの言うとおりにしてあげなさい」というようなことをテレパシーで話してくださったのです。
その後で子供たち(1人は逃げて帰った)2人が遊んでいた所へそのお母さんと一緒に行くと・・・息子と友達の2人が、引っ越して来たお宅の階下が駐車場になっており、車は駐車場ではなく入口手前横に停めていた。
その車はかなりの年数を乗っているようで塗装が剥がれてサビがそれなりにありまして、3人の子供たちなりにそのお宅の駐車場の入り口近くに蓋が開いたままの大きなペンキ缶と塗装の筆がいくつかありまして、子供たち3人にしてみれば塗装の剥がれたサビが来ていた車を僕たちはきれいに塗ってあげたという訳だったのです@@;
息子たちは、もう1人の○○ちゃんは帰ったけど(興奮冷めやらずのお母さんが先にその現場を観に行っていたので・・・おそらく? 怒られたので逃げ帰った様子でした@@;)と息子たちが話してくれた。私自身も怒ってはならないと深呼吸を何度かして冷静になり子供たちの言い分を静かに聞くことが私なりに出来たのです。
2人の子供たちは嬉しそうに得意になって、「僕たち、車をきれいにしてあげたんだよ!」と話してくれたのです。ひととおりの話を聞いてから、「でもネ、この車はよそのお家の車だから、勝手に置いてあったペンキや筆を使って塗るのは違うのよと言い聞かせながら注意をしたのです。そして、そのお宅の人が夕方に帰宅する頃を見計らい(逃げ帰った1人の子供を除く。そのお母さんは私なりに厳しい方だとそれなりに知っていたこともあり、息子さんは悪いことをしたのだけどそのお母さんに言えば息子さんのことやなんやかんやですんなりいかないのでは?とか、顕現された裡なる神の分け御霊である土偶の姿の神様が私に話してくださったことの内容には逃げ帰った子供さん親子に付いては触れていなかったことを踏まえて・・・もちろん、土偶の姿をした神様の分け御霊である裡なる神様が話してくれたなんて話すことはできませんので。興奮冷めやらずもう1人のお母さんと2人で相談して、息子を連れて先ずは、謝罪に行きました。
事前に私たち母親の2人は・・・もっとも、アドバイスのサポートをしてくださった土偶の姿をした分け御霊の神様が言うように、全て興奮冷めやらずのお母さんの言うとおりにしました。車の板金関連等は長男の友達のお父さんが塗装関連の仕事をしていることを知っていたのでお母さんに連絡をして詳細等は本人のお父さんにご相談を私がさせていただいて社員割引価格にしていただいて無事に終わったというような体験談です。
2度目は当時、ご依頼の神社リトリート&イニシェーションの(パイプ役の意図が一切入らない)各自に見合った複数の聖地等にて必要に応じたオールマイティの調整とイニシェーションのお導きにより北口本宮浅間神社に2000年6月30日(*夏越しの大祓い後の)富士山の開山前夜祭が神楽殿で行われていたタイミングのお導きで行きまして、始まったところで、手を洗い直ぐの神楽殿を観て動けなくなった私がいたのです。
なぜなら・・・以前に視た土偶の姿をした裡なる神の分け御霊の神様が雅楽を奏でている中央でおそらく?宮司さんであろう方と一体になり愉しそうに舞を本当に踊っていたのです。
私はその当時は、遡ること古神道を復活させる役割を当時担っていた山田雅晴先生の1期生限定10名の1人で当時の最初のお師匠さんである佐藤さんご夫妻から声をかけられまして学び修了書をいただいています。その古神道の学びの教えのひとつが神人合一で神様方も一緒に愉しくご神事の舞をするということを表裏一体で目のあたりにした私は言葉では説明の出来ない感動というか畏怖というか・・・そのような温かい愛に・・・光にその周辺にいる人たち全員が包み込まれているのを何とも言えない体感というか・・・そのようなことがありました。
それ以来、神社・仏閣も聖地ですが、他の聖地と云われている建物がないところ等にてもお祭りや祭事のご神事の大小に関わらず、神人合一があるのはごく自然であることが私の中にあるので全国どこでも共同創造のパイプ役のお導きで皆さんと行ったりした時も自然と足が止まりその大愛=光との調和に魂が喜んでいるのが体感と共にわかるのです。だから、お祭りとか御神輿が大好きな私です(^^)v
*よくわからないのですが・・・北口本宮浅間神社(山梨県・富士吉田市)へのお導きは10年前頃?から自然と遠のいた感じで私の場合、行っていません。
長年・・・私にとっては、縄文時代の土器の土偶は裡なる神様=内在の神性の分け御霊の神様の姿であることがあまりにも当たり前になっていたのですが。最近、縄文時代とよく聞くようになったりYoutubeで観たりするので、書かなくちゃと思い書いています。
シュリ・ラマナ・マハリシ様、久しぶりの必要に応じて・・・ありがとうございます(感謝・合掌)
*先日、光の存在方のことを「様」ではなく、「さん」にとりあえず変えて記述したのですが・・・「様」に戻します。今までも複数からどうして「様」を言ったり書くの?と言われたりして来た経緯等があったけれど・・・私的には名前を呼び捨てにしてしまうと、「光の存在がたは私たち人類の僕(しもべ)とよく云われます。が、私自身はまたその僕の僕という思いがありまして・・・いろいろな修行中の私がいます(--; 私の意識の問題ですのでそれらは横に置いて。
アセンション中のこの地球の愛と調和の流れのなかで自分の弱い部分・・・つまり、長所・短所等の全てを受け入れる流れが来ていまして、1人ひとりもまた惑星テラ=地球の次元上昇に合わせて日々、精進して成長=霊性進化をしていく流れが来ていることも周知の事実のようにです。
10/13追記
本日の9:30頃に庭で長年間続けているお祈りや呼吸法(*ホワイト・イーグルの霊示 自己を癒す道 付 静寂の心」桑原啓善訳/コスモ・テン・パブリケーション/昭和63年10月1日第1刷発行の著書は、私が大好きなホワイト・イーグル(聖ヨハネ)様からの教えで1988年当時からの呼吸法が私には合っているようで毎日ではありませんがそれに近い感じでそれらはじめ、自然療法を含めたオリジナルエクササイズを私なりに光と繋がるために例え5分でもよいので優先順位の都合に合わせてしているという感じです。
*もっとも、最初のお師匠さんである佐藤さんご夫妻から当時、密教を通して教えていただいた意識的に5分でもよいので光と繋がるようにしなさいという教えが私のなかで今現在も息づいていることに感謝をしています(合掌))のそれらがあって・・・
3度目の裡なる分け御霊=内在の神性が、私なりの質問に答えてくれるために縄文時代の土偶と同じ姿で顕現して来て、「受け入れなさい」とテレパシーで話してくださいましたというようなことが久しぶりにまたありましたという話です。
それではまた(^^)
感謝とともに
     サラ・ハート

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