運命は変えられるとよく云われています。本当にそうだと自分の体験でも思うことがあります。
また、神社リトリート&イニシェーションのときにご依頼者さんの未来のビジョン等を今、現在の状況等にあわせて必要であれば視(見)せてくださることがあります。
パイプ役で必要なお話をさせていただくことで、その方の諸媒体や心が元気に光輝くのを視せていただき、天の神様方の御業に思いを馳せることが度々、あります。
けれど・・・そのビジョンを流れのなかでどのように選択していくかは私たち個人、一人、一人に任されています。
天の神々様方はああしなさい。こうしなさいと決して命令口調では言いません。なぜなら、私たち人間の成長を妨げることになるからです。
何より、私たち人間に与えられている個人の自由意志を尊重してくださいます。
カウンセラーをさせていただいている私自身も、ご相談者さんの学びを変わってさせていただくことは控えてパイプ役にてアドバイスさせていただいております。
これは多くのカウンセラーの方がたも同じかと思われます。
※お祓い・浄化関連等はこの限りではございませんのでご了承ください。
選択の決定権はいつも私たち自身です。そして、責任も然り。
私たちはいつも自分で選択しています。その選択がときには視せてくださった未来とは違う方向のものを選択することがあります。
辛くても勇気を出して・・・まっすぐ行けば・選択すれば近道だったのかもしれないけれど・・・違う道を歩き関わりあいのある方がたへ時には影響することもあるようです。
そのような状況を見せていただく度に・・・変な言い方かもしれませんが、良くも悪くも私たち人類は繋がっていることを私は確認させられているように感じることがあります。
もっとも、数年前に私は地球の周りにあるグリッドと同じように・・・グリッドとは多少、違いますが地球の球体上の全体に格子(見方によれば十字架にも見えます)が細かく視え、その格子のところどころが破れたり・ほつれていて、その部分に人がひっかかっているのを視せていただいたことがあります。
格子の破れたところやひっかかりの部分がきれいに修正されると、その部分にひっかかっていた人たちが起き上がりいなくなるのです。
これはその方がたが自分の学びに気づかれたので破れやひっかかりが修正されたようなのです。
私たちには自由意志が与えられています。そして、誰もが自分の人生に責任を持っています。自分の人生は誰かが変わってしてくれるものではありません。
私はこの霊的世界へ足を入れざるを得なかった28年前より、何度も当時のお師匠さんご夫妻から「辛くても苦しいほうを選んだほうが自分を磨けていいんですよ。私たちは魂を磨くためにこの世に生まれて来ています。私たちが生まれて来た場所も帰るところも創造主様のところです。」と教えてくださった教訓は今も忘れることがありません。
辛くても苦しい選択をどのように楽しくするかがいつもその都度、私の課題でレッスン中で~す(^^;
※カウンセラーであっても肉体がある以上、誰もが悩みや困難はそれなりにあるものです。学ぶことがなく完全であれば、この地球へ肉体を持って生まれて来る必要がないことも周知の事実です。
