以前より「ラブリーボーン」の映画が上映されたら観に行かなくちゃ~と思っていたので先日、観に行きました。
かなり前・・・平成になった始め頃にやはり「ゴースト」というタイトルで恋人が亡くなり見えない世界とのラブストーリを描いた映画があり当時、私は最初のお師匠さんからそのビデオを戴いたことがありました。
見(視)えない世界のことが視(見)える・聞こえるの私にとっては・・・説明しても理解してもらえないことのほうが多いので戴いた「ゴースト」のビデオをお貸しして観ていただくのが「百聞は一見にしかず・・・」で何人かの人達へ観ていただいたことを思い出しました。
複数の人へお貸ししているうちに誰に貸したのかわからないままになっていることに気づき・・・悔やまれたこともありました。
幸い今回、「ラブリーボーン」上映のチラシを見て喜んだのは言うまでもありません(^^)。。☆
肉体が亡くなって死後の世界はどのようになっているのかを少しでも知りたいと思っていらっしゃる方がたや霊的真理を探求されていらっしゃる方がたや学んでいらっしゃる方がたにも是非、観ていただけたらと思う「ラブリーボーン」の映画です。
映画では私たちが生きているこの現実世界と天国へ行く境界線の狭間にいる世界を描いてくださっています。
その境界線の狭間にいる方がたへ「引導渡し=死亡通告をさせていただき、亡くなった方の傍に指導霊様(神様)がご案内にいらっしゃるのをお話し確認していただき、生きていたときの執着(思(想)い・辛み・苦しみ・悲しみ・許せない気持ち・体の痛み等)をすべて捨てて・置いていかないと次の世界へ指導霊様と一緒に行けないこと等をお話させていただき・・・納得されてから・・・できるだけ早くご自分のためにも残された方がたのためにも、一緒に行かれて幸せになりますように・・・」
この引導渡しが私の一番の役割で今生に生まれて来ました。このブログのタイトルである「白ピンクの花&純白の船」は元々が私自身のシンボルなのです。
引導渡しにも役割があるかと思いますが、基本的には誰にでも準備が整えば可能です。
何事もそうですが、よく云われることですが・・・自分に何か力があると錯覚してうぬぼれてしまうと巧妙にすり違えられて、いつしかバックがエゴ(欲)等を食べ物としている相反するものたちに入れ替わっていることもあるようですので・・・その考えはどこから来ているのか?の徹見=見極めが必要です。
多くの人たちが道を誤る部分のようです・・・
自分の中に神様がいます。私たちは創造主である神様の子供です。イエス様が「天にまします父と私とはひとつ(一体)です。」と仰いました。
天にまします我らの父(神)と自分とが一体(ひとつ)であれば・・・何事も成し得るのです。
光のプロジェクト遂行に置き換えるとわかりやすいかもしれません。また、心霊1セット施術をはじめ、心霊治療やヒーリング、セラピーなどに置き換えても同じです。様々な活動も同じです。
意識する・しないに関わらず、無私の心でいれば自然とパイプ役になっています。この無私の心と自然体がイエス様の云われた「わたしと父とはひとつです。」の意味です。
真理は時として難しく思われたり、感じられたりするものですが(私自身のもろもろの幾多の体験でそのように思ったものですが)・・・本当はとてもシンプルなものです。
自分のなかに枠組みや価値判断を創れば視野が狭くなって来ます・・・ 人様にご迷惑をかけてはならないことは人として当たり前のことです。その当たり前のことを遵守して、私たちは本来は誰もが自由なのです。お互いを認め尊重しての自由。
くびきを解き放たれるときが訪れています。
肉体のない境界線で彷徨っている時代を問わないたくさんの方がたへのくびきも解き放たれる時が既に訪れています・・・
この現実世界で肉体を持ち生きている私たち、そして・・・死して尚、自分の死を知らない数えきれないたくさんの時代の方がたが気づかれて・・・この現実世界での差し障りが皆無になりますようにお祈りしたいと思います。
生きているすべての方がた、亡くなって境界線で彷徨っているすべての方がたのお幸せをお祈り申し上げます(感謝・合掌)
