目覚めた今日の朝に・・・
「出来ない理由を見つけるのではなく、
どうしたら出来るのかを見つけなさい・・・。」
とメッセージがありました。
ついつい・・・出来ない理由のほうをあ~でもないこ~でもないと優先的に知らないうちに考えたり思ってしまう自分に気づいた(--;
そんなことより、どうしたら出来るのかを見つけることのほうがはるかに建設的なことであるのはいうまでもないことは確かなんですよネ・・・(^^;
出来ない理由をあ~でもないこ~でもないと見つけるのはタイムロスのような気もする・・・私です。
今までのように出来ないときは出来ないでよいと自分に〇をしよう~(^^)♪
ただし、優先順位が大切なことも必要なんですよネ。。☆
いつも自分との折り合い。バランス。イイカゲンはダメ!だけど、好(良)い加減がよい。
お釈迦様の云われた「中道」は難しいようでいてカンタンにも思えるのですが・・・そのさじ加減が気がつけばいつも学びのテーマのひとつです・・・
話は違いますが、昨日の新聞に56才のある男性が年老いたお母さんと一緒に暮らしていましたが、お母さんが亡くなり・・・自分も仕事が無くなりお葬式をするお金がなく、お母さんの遺体を山中へ弔った遺体遺棄で昨年、12月に逮捕されたことを読みました。
こんな悲しいことはありません・・・
我が家も、嫁ぎ先の両親が同時に痴呆症(現在は認知症)になり平成7年に義父が、9年に義母が相次いで無くなりました。
身内を実際に介護した人でないと介護の辛さや苦労、心労は机上の学びの知識等では語弊があるかと思いますが理解してもらうことはかなり難しい部分があるかと思われます。
余談ですが、仕事でする部分では割り切ることができます。身内の場合はそうはいかないのが私自身の体験で実情でした。
そのような意味でいえば・・・ケースワーカーや福祉士等も国家資格が必要ですが実際に体験した人たちに勝るものはありませんのでもっと門戸を開いてくださる融通がきけばと何度、思ったことでしょう・・・
我が家も主人が長男で喪主でしたので両親2人のお葬式等で430万円かかりました。
人の不幸の弱みに付け込む葬祭業者のビジネスのやりかたにも大いに私も腹が立ったものの1人です(私がいない間に付け足していて取り消しが出来ないように、帰宅したら既に行っていた件は当時、7万円也)。済んだことですが全く関係のない我が家にとって無駄なことでした。
そんなことがあった数年後、葬祭業者のお葬式費用に疑問を持つ方がたが自分たちで棺を作っているテレビ番組を見たことがありホッ!と嬉しく思ったものです。
私の役割は元々が引導渡しが主で、一般的には黒塗りの御所車に模様があるお迎えが来るので、ず~っとそばにいる指導霊=神様と一緒に行かれて幸せになるように死亡通告をさせていただくことです。
※黒塗りの御所車に描かれている鮮やかな模様はふたつと同じものはありません。すべて、その方の生きていたときの「想(思)い・行い・語る」で御所車の絵柄が違います。
そして、その方の生き方にもよるのでしょうか・・・天の雅楽が聞こえて来る御所車のお迎えもごく稀にあります。御所車ではなく、赤いたずなの白い馬に乗って行かれる方もいます。
大勢で行かれるときは黒塗りの大きな船がいくつも天より降りて来ます。亡くなった方がたの国の船もそれぞれに天より降りて来ます。本当に様々なのです。
どれだけ盛大な告別式を行っても、立派な戒名や仏壇を購入されても亡くなった方が行くべきところと相対するものではありません。
見栄を張ることなく、気持ちのこもった自分の家に見合った分相応のお葬式で良いのです。
忘れてならないことは・・・私の体験で、生きている人たちの生活が優先です。
それから・・・きちんと引導渡しが出来ていることが大切です。これは金額等の料金に対応するものでは決してありません。
肉体のある私たち・・・ そして、亡くなっている様々な時代の方がたがお互いに共に幸せになりますように心よりお祈りしたいと思います(合掌)
