明日(3/21日)は春分の日ですネ
ある意味、一区切りや節目でもあるようです。
春分の日に先立ち(!?)・・・私は今までご相談を断らないようにと何度かメッセージを戴きそのようにしていたのですが、先月(2月)より場合によりお断りしても良いことになりました。
今月もお導きで光のプロジェクト遂行がありました。
そのときにご招待のご縁のあるとある神社で祭神様より「あなたは2013年〇月〇日に帰還できるけれどあなたはそうしないでしょう・・・」と、にこやかに話しかけられたので思わず、そうですね。と答えていた私がいた・・・
突然、思いもしない予定よりも早い帰還の話だったので即だに答えてしまったのですが・・・しばらくしてから即答の留保をお願いしたのです(--;
翌日のプロジェクトが終わり、帰宅して落ち着いた頃より・・・私の心は揺れる葉のようになった。
そうだよネ・・・その頃にはまだ大きな歪みで混沌としている部分もあるかもしれませんが・・・それなりにとりあえず、大きな意味で落ち着く頃(?)かとも思われるので・・・もう正直、肉体を着ているのは重過ぎるし・・・何度、過酷と思ったか数えきれないくらいいろいろとあったのも事実なので・・・
そのミッションもまだ本格的に目覚めていない方がたも目覚めて予定通りに紡ぎ直しが終了することでしょう。
帰還の早め②候補で・・・もう、アンドロメダにある我が故郷の星が恋しくなり帰ろうと思った。
先週(3/13日)、鎌倉・大仏様へ行ったときに大仏様の阿弥陀如来様からお寺の再建をお手伝いさせていただくので最初の予定通りの帰還(何度も帰還予定を変更しているのでもう何度目かを忘れてしまった(^^;)で・・・と話があったのです。
期限がないので結論はいつでもよいようなんですが・・・
2年前に話があった帰還予定通りにしようと思っていたところに・・・ある出来事があり、阿弥陀如来様はじめ、神様方へはじめて泣きながら文句をいっぱい言いました。
私のどこが間違っているのですか? 我慢!我慢!ばかりしてきて・・・それでもまだ許しなさいというのですか?どうしてですか?許容範囲にも限界があります。もう、帰還する~!と泣いて訴えたのです。
阿弥陀如来様が「あなたの良いようにしなさい。誰も咎めたりはしません。どちらでもよいのですよ。」と諭すように話をしてくださったのです。
泣くだけいっぱい泣いて落ち着いた頃に・・・神様方の愛は人智をはるかに超えていることをそのときに思い知ったのです・・・そして、お詫びを言いました(--; m(--)m
今まで何度か思ったことがあるのですが・・・私たちは神様の手の平の中に包まれているんだなぁ~とまた思いました(--;
確かに試練等は我慢や他者との同調の学びを日々し、私なりにそれなりの寛容さやメンタル面もいつしか・・・至りませんが、それなりに強くしてくれたと思います(^^;
落ち着いたとき、本当の私が2年前に交わされたある帰還予定日に帰りますと告げているのを感情のある肉体の私が眺めていた。
心はコロコロ変わるから「こころ」と言うのです。と、私のある恩師から教えていただいたことがあります。
霊的真理の段階は奥があまりにも深すぎて私にはわからないことだらけです(--;
聖アントニー様のように「神様が喜ばれることをする・・・」。
私にはそのような発想は今までありませんでした。ただ、共同創造の参加メンバーの皆様方と太いパイプ役になれれば良いなぁ~くらいしか思っていませんでした(^^;
そういえば、以前に私へ「どうして神様方の名前に様をつけるの?呼び捨てではダメ!なの?」と聞かれた方がいました。
人、それぞれにいろいろな考え方があっても良いのだと私なりに思います。
私の場合、神様方やマスター方の名前を書くときによく〇〇様と書くのは・・・私自身を謙虚に。また戒めるためにです。マスター方や神様方が私達を愛してくださっているように、私もまた愛しているからです。
※お話をするときに様をつけないことも状況によりあります。
