その昔も今も不老不死を求め続けている人たちがいる・・・と聞いたり読んだりすることがあります。
少し興味はあっても何が何でも探し求めたいとは思ったことがありません。
この現実世界と霊的世界との表裏一体のバランスを、目の前に置かれた日常生活の出来事を通してどうすれば上手にできるのかがず~っと今もそうですが私(たち)の課題であり学びのようです。
試行錯誤だらけで歩いて来た人生でもありますが・・・浮き沈みの波ももちろん、ありますが振り返ると単純に”私ってな~んて幸せ~なんだろう!!”と思えることが以前より多くなっているように思えるのです。
そこで感謝の念が自然と生まれて来て・・・ご縁のあった方がた・ある方がたをはじめ、生きとし生けるもの在りとしあらゆるものすべて森羅万象に朝、起きて滞っていた空気の入れ替えをするために窓やワイドガラスの戸を開けると”おはよう~”といつの頃からか挨拶している私に気づくのです。
自然の流れや森羅万象がこんなにも私を育み愛しんでくださっていたことに気づき思いを馳せるのです・・・
しなくていい苦労はしないに限りますが、今まで今世でご縁のあった方がた誰が欠けても今の私はなかったでしょう・・・誰もがお互いに先生であり生徒です。
このシンプルな基本を忘れることがなかったから・・・一瞬、ご依頼等で先生と呼ばれるとすぐに否定して”サラと呼んでください”とお願いをしている私にいつも気づくのです。
※2~3回、訂正してどうしても無理な年配の方の場合等には不本意ながらそのまま流れにまかせることにしています。ちなみに、私はサラの宇宙名が大好きでやはり私自身にピタッ!と慣れ親しんでいるのを思い感じるのです(^^)
私にとって”先生”と呼ばれるのはエゴに拍車をかけられるようなもので・・・また、宇宙の霊的真理を探求している学徒としては波長が馴染まないのです。
ある側面ではアデプトの役割もありますがそれでもやはり”先生”という言葉は危険要素をはらんでいる曲者(くせもの)と私の場合には感じずにはおれないのです。
それなりに長いこと・・・霊的世界の探求をしていると面白いことに気づくことが何度も多々、あるのです。
それは求めなくても必要であれば与えられるということについてです。
霊的真理の探究は奥が深くて・・・私には本当にまだまだわからないことだらけです。
わかっているのは・・・何度も書くようですが「わたしたちは 誰もが幸せになるために生まれて来ている」。
霊的真理の探究を続けていくうちに宮沢賢治の「どうしたら みんなが 幸せになるのだろうか・・・!?」と同じような疑問にいつしかたどり着いて・・・どうすればよいのだろうか?と空を眺め天を仰ぐ・・・
このような時は自分のことが小さく見えて(私が子供の頃から海が大好きだった理由と同じ)”もう、いいか~!”となるときでもあるのです。
気づけば・・・いつの頃からかお導きが始まり・・・私個人の学びと共にご縁のあるライトワーカーという光の使徒の方がたと自然と関わるようになっていたのです。
もちろん、光のプロジェクトという聖なる計画の側面である共同創造・パイプ役は参加する全員の動機とチームワークがひとつになることが基本の基本で宇宙の成り立ちであることをも私はこの5~6年間を通して学びました。
杓子定規ではなく・・・その基本は基本であるけれども、それらの基本をそれなりに保ちつつそれぞれ個人の学びとチームの学びとの兼ね合いや折り合いをつける絶妙なタイミングとお仕組みに天のサポートを感じ何度、感謝したか計り知れません(合掌)
そのようなことを繰り返し続けていくうちに・・・霊的段階の呼称であるアセンデッドマスターに誰もが素直にスッピンで真正直に霊的進化=霊格=人格の努力を日常生活を通して損得勘定抜きで自然としていけば自ずと遅かれ早かれ成ることを至らない私自身を通して体験したのです。
最初は驚き・・・本当に私でよいのだろうか?と、どうしたものかと困り思案したものです。ふさわしいな~んて到底、思えなく戸惑いの日々でした(--;
まもなく、同志&友達たちが個人の学びや共同創造のパイプ役を通して準備が整えられてアセンデッドマスターの霊的段階に成られたのをパイプ役で知り、嬉しくご報告をご本人へその都度、お伝えさせていただける役割に感謝をしました。
ほどなく、アセンデッドマスターにも様々な霊的段階があることを知ることに成りました。
学びは、どの側面も奥が深く永遠に続くものですので・・・私が体験したことと私の霊的ガイドが教えてくださったごく一部分についてのみ、必要なようですので役割でお伝えしたいと思います。
アセンデッドマスターの霊的段階について
①第1の霊的段階
アセンデッドマスターの霊的段階の入り口に到達した霊的段階。
②第2の霊的段階=1のレベル
③第3の霊的段階=2のレベル
④第4の霊的段階=3のレベル
第4段階の3のレベルになると不老不死は自分の裡にあることを明確にイニシェーションを通して知ることになる者になるようです。
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↓以下、続く
永遠に学びは肉体が滅んでも魂=スピリットを通して学び続けていきます。生命(いのち)は永遠です。
上記のアセンデッドマスターの霊的段階に限らず、誰もが自分に見合った人格=霊格で目の前に置かれた日常生活を通して知っていても・知らなくても毎日、霊的進化の歩みをしています。ゴールは遅かれ早かれ誰もが同じところにあります。
私達、人類に登り口がたくさん用意されているに過ぎないのです。登り口はひとつではないのです。また、共同創造のパイプ役も限定されている訳ではなく、誰もがどこにいても純粋な動機であれば(損得勘定等の駆け引きをしなければです。)いつでもパイプ役に知らずして成っていることも多くあるのです。
本来はこのような自然体の形が地球創世の頃からあったのです。今はその頃に自然回帰すべき様々なことが良くも悪くも浮上している混迷期のようです・・・
今いる自分の霊的段階と次の霊的段階であるステップの間には音階に例えるとご承知のように13の倍音(オーバートーン)があります。1~13の音階があり、13番目の音階は最後でもあるのですが・・・同時に次の新たな音階のスタートでもあるのです。
また、その1~2の倍音に至る間にも同じように13の倍音があります。2~3に至る倍音にも同じくその間には13の倍音があります。またその倍音の間にも同じように13の倍音があるようです・・・
なので霊的段階も様々な側面があるようですので、いちがいに比較し傲慢になるのは無駄だと云われるゆえんでもあるようです。
誰かが昨日よりも今日一歩(例:忍耐や寛容さ等に気づき学べば)、前進すれば世界中の自分と同じような人たちが繋がっているのでその人たちも気づくのです。
ワンネスとは、誰もが繋がっていることに気づくことです。
私達、1人1人の小さな気づきが世界をも変え得るのです。
世間に流されるのではなく・・・自分は何のために生まれて来ているのかを問い続けるといずれ裡なる本来の自分が顕現して答えを見出してくれます。焦らず、その答えを待つのです。ちょうど、良い時期(とき)に必ず求めた答えはあります。あるのです。
いつも答えは私達、1人1人のなかに・・・裡なる本来の自分が知っているのです。
またまた長文になってしまいました。ごくカンタンに書こうと思っていたのですが・・・お導きのままに。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。感謝とともに。
