必要でわかる方にはわかるであろうことは周知の事実です・・・
相反するものたちの最後のあがき・・・
私達のエゴをさも当たり前のように増長させるようにささやき仕向ける業は本当に詐欺師ではないかと思うほど巧妙である。
もちろん、私自身の妥協は試練でありテストだったことも今は反省し自覚・認識しています。
相反するものたちはあらゆる手を使い・・・どんなものでも使えるものは使います。
もう少しでひっくり返る時が訪れます。それまで、どのように過ごし生きていけばよいのかを私のバイブルというべき霊の書の本はいくつかありますが・・・その中の1冊の本から抜粋させていただきたいと思います。
「私たちはそれでも自然を見つめて、それがどうやって小さな生き物たちを育てているのかを観察しつづけている。
私たちの目の前を、数千年の歴史を持つあの<政府>といっしょに今も生きている。
カモやガンが飛んでいく。
動物たちは、<時のはじまり>のころに彼らに与えられたあの<政府>のやり方にしたがって、今も生きているのである。
<時のはじまり>には、すべての生き物たちに、根源的な<生き方の教え>が与えられたのだ。
創造されたもののすべてが、今もそのとき与えられた<生き方>を守って生きている。
木や果物も、その教えを決してはずれない。
同じ季節が来れば、木は必ず果物を実らせる。
動物も決して間違えない。
動物たちも、自分たちが創造されたときのまま生きている。
では、こうして創造されたすべてのもののなかで、人間に与えられた<生き方の教え>とはなんなのだろう?
私たちは創造された世界を見る。
・・・そこには、生命があり、サークル(円環)があり、はじまりも終わりもない尺度がある。
※<政府>についての注釈
それは時のはじまり。それは創造の時であり、インディアンがあらわれた時でもある。その頃には、先生も指導者もいなかったし、学校もなかった。
そこで私たちは、ふりかえって創造というものを観察するしかなかった。私たちは自然を学ばなければならなかった。自然を模倣しなければならなかったわけだ。
私たちの文明のすべては、自然を学ぶことの上に築かれた。そういう人間たちが時のはじまりのころ、私たちの指導者になった。
私たちは自然を学んで、自分たちの政府を組織したのである。私たちは先祖がつくりあげたこの伝統的な政府、変化することのない政府のもとで生きてきた。
私たちがそれにのっとって生きている法は、つい最近にいたるまで、いささかも変化しなかった。数千年の古さをもつこの政府のもとで、私たちは生きてきた。
その法はとても使い勝手のいいものだった。その法をよく知り抜いた上で、私たちはそれを守って生きていたのだ。生きている。
「それでもあなたの道を行け NETIVE WISDOM」より
