『奉仕に生きるとは、魂が犠牲を忍ぶことです。
自分の欲求や我(が)やらを犠牲にすることです。
イエス大師はこれをなされました。
生命までも犠牲にされました。
犠牲がなければ奉仕とはいえません。
皆さんはそれを尻ごみされるかもしれません。
だが、生命の法を変えるわけにはいきません。
しかし、心が愛に満ちていれば、何の犠牲などでありましょう。
すべてを捧げ、すべてを与えつくしてもです。
それは喜びです。』
神と手をたずさえて
『肉体を身に着けて生きておいでのこの人生では、あなたの職業が何であろうと、それは奉仕のあり方なのです。
それが賤(いや)しくて、自分にはどんなにつまらないものにそれが見えても、あなたの使命です。
人は地上での自分の仕事を通じて、すべての人の幸福に貢献できるものです。
神と手と手をたずさえて一心に働きなさい。
あなたの前に置かれている、奉仕のひとつ、ひとつの機会に感謝しなさい。』
最大の奉仕
『1人の人の魂が全世界を助けることが出来ます。
皆さんはこう言われる「私は何かをしたい、私を使ってください、私はここにおります」と。
しかし、皆さん わざわざ我々のところへそれを言いに来る必要はありません。
奉仕とはあなたの足元にあります。
毎日、毎日、あなたのハートのなかでそれが待っています。
誰にだって出来る最大の奉仕とは、正しくものを常に考えることです。
途絶えることなく愛を発現することです。
人を許すためにです。』
上記は誘(いざな)われて転載・・・
ホワイト・イーグルの霊示「自己を癒す道」桑原啓善訳/太陽出版(昭和63年10月1日初版)より抜粋。
