そのときは近し・・・天の涙の大愛に気づくべし

「・・・その時は、まじかにせまっています。

予測不能な事態に備えてリハーサル・・・先ず、予兆が現れることは人類にとって天の大愛に気づく大きなチャンスでもあり、善きことです。

いかいの衣をあまりにも多くの者達がいつしか勘違いしてしまいまとって・・・本来の光の道を伝える伝道者の役割があるものたちが、方向を誤ってしまっていることにさえ気づかない状況を自分で創り出してしまった罪は重いであろう。

今まで、何度も何度も・・・それこそ長年に渡り(前世をも含めた)、その気づきと学びを今度こそとラストチャンス!に賭けてこの生を志願してまっとうしている者の数の少なさに気づいているだろうか・・・!?

いかいの衣の『いかい』の意味は、本来の道を踏み誤ったものたちにとっては、この世的にはステータスとして異質の憧れとなった異界のことである。

『いかい』は人間が周囲を分類する目的のために使う宇宙のルールにそぐわない異質の常套手段を闇の世界に魂まで売ってしまった結果である。

それらの猛反省を心から・・・人により、あるいは魂レベルにまで立ち返り、今すぐに悔い改めるときがそぐそばまで来ておる・・・

世の建て直しがすぐまじかにせまっておる・・・

これらの建て直し・・・自分さえよければのエゴ、負のひっくり返しが目前までせまっておるのじゃ

これでも気づかないものたちは・・・自分で自分を裁くなり。

もう、時間がない。

イエスの新たな12人の使徒たちの準備がほぼ整っておる。

※天と契約のサインをしたものなり。

そのなかの2人(女性)は、当時の12人の使徒でもかってあった。

数年前にそれら本人を含めたかっての12人の使徒たちへその旨、この者を通して既に伝えておったのじゃ。

残念じゃったがその後、2人を除く・・・そのものたちは光のプロジェクト関連を通して疑ってしまったんじゃ・・・

疑いの輪は・・・自分がの『我』の部分であるプライド等と連鎖反応してしまったんじゃ。

惜しいことをしてしまったんじゃ。

これも・・・誰のせいでもない!

自分で選択した結果である。

素直にその当時から・・・今に至るまでの自分の『想(思)い・行い・語る』を振り返り心から悔い改め反省を促すものなり。

それら選択により・・・後悔が遅ければ、遅くなるほどに自分自身で裁くことになりけり。

これらの今までの人生を振り返り、心からの悔い改め懺悔は当時のイエスの12使徒に限らず、今世に光の使徒=ライトワーカー=ワンダラーとして同じ目的を持ち、生まれ出でたものたちよ、名声や著名人、セレブな生活等に価値観を見出し、すりかえたことに気づき大いに反省すべきことなり。

もう、あまりにも世の大きな建て直しの時間がせまり、ないのじゃ

幼子のように素直に無邪気な心を持つものは救われるじゃろう・・・

これらは何も今にはじまったことではない。

古(いにしえ)の頃より、必要に応じてその時代、時代に応じて何度も繰り返し・・・それこそ数えきれないくらい降ろされて伝えられていたんじゃ

あるのは・・・いつもそれらの自由意志の選択肢だけじゃ

自由意志の選択肢は・・・いずれを選択しようとも常に自分に責任が伴なうことを多くのものが忘れおったんじゃ

自分の都合のいいようにな・・・

それら・・・すべてを・・・人類すべての『想(思)い・行い・語る』を天は何ひとつ見逃すことなく見ておったんじゃ

多くのものたちがいち早く、悔い改めの懺悔に自発的になることを祈るだけじゃ

リハーサル・・・予兆が起きたら・・・その次はもう待ったなしである・・・

大難を小難に・・・これらの理解・認識をどれほどのものが自分のものとしていたことか!?」

上記はパイプ役として、時々あるように書かされたようです。ご参考までに。

私個人でいえば、お導きの光のプロジェクトが始まり数年経過した頃の2005年5月14日に映画「キングダム・オブ・ヘブン」が日本で上映されて何かに背中を押されるように当時、観に行きました。

タイトルの「キングダム・オブ・ヘブン」の意味は天国の王国です。

そして、エルサレムが舞台です。

その当時、よくわからないなりに・・・この映画の主人公の4つの誓いが胸に響き木霊して、私自身の表裏一体との日常生活を含めて、歩く指針として今日に至っていました。

ご承知のように、この世に誰もが生きている以上は霊的な世界だけでは生きていくことはできません。身体がある以上、常に現実世界との両車輪でバランスをとりながら生きていくことが不可欠であることは明白であり周知の事実です。

それらがまた、学びでもあることは学徒であれば誰もが知っている基本的なことです。

「恐れず、敵に立ち向かえ。勇気を示せ。死を恐れず、真実を語れ。弱者を守り、正義に生きよ。」

黄金の国・・・ジパングはエルサレム関連の失われた部族と関係があることは多くの霊的真理を学んでいる学徒たちにとってはご承知のようにです。

ここに至るまでの長い道のりの4~5年前頃には玉座に座ったダビデ王様が我が家の自室に訪れてくれたことも何度かありました。

イクナトーン様が役割に苦悩して寝ている私のところへ何度も訪れてくれたこともありました。

時折り・・・ふと、内容の大差はあるものの・・・語弊があるかもしれませんが、イクナトーン様と同じような違う役割を想うことが度々、あり・・・イクナトーン様に親密感と敬愛を持ったのはいうまでもありませんでした。

数年前に、幣立神宮でA.Mになったとアメノミナカヌシノミコト様が天から降り立ち告げられたときはただただ泣きじゃくる私がいたことを想い出すのです。

どこかで・・・更なる大役の役割と責任を畏怖して泣きじゃくるしかなかったようにも想えたのです。

華やかな?有名、著名人等はたくさんいるというのに・・・なぜ?こんな至らない私が・・・何も求めていないのに様々なアイテムをはじめ、霊的段階の呼称を授かり・・・本当にいいのだろうか?と何度、戸惑いと、その都度、想ったことでしょう・・・(--;

私には何ひとつ、力等は無い。

天津神(あまつかみ/天)の神々様方、国津神(くにつかみ/地)の神々様方はじめ、ご縁のあった・ご縁のある光の使徒=ライトワーカー=ワンダラーという目的を同じくした同胞達との協力・連携・パイプ役・神柱を立てるお導き等の出会いというか再会・・・いにしえからの約束が成されていたことと、それぞれの動機を天がご覧になってのお仕組みの一部にご一緒に私自身、添えたことは本当にありがたき幸せなことです(感謝・合掌)

次の新たなオペレーションのエネルギーの波に、1人でも多くの方がたがご自分の選択・判断・自己責任で乗れますように夜明けに向かい歩かれますようにお祈り申し上げます(合掌) by サラ

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