この生の後にくるもの

「これまで、あなたが学び、理解して来たものは、大変なことなのです。

というのは、、自分の真価や大切さ、自分の真実の崇高さ、それに自分の思考過程が持つ力にあなたは気づき始めたからです。

まわりにある生命に囲まれて存在している自分の美しさが見えるようになり、他の人間に対する慈悲の心や、すべての生命の大切さへの敬意を育みながら、あなたは成長しています。

このような真理を体現するようになったのは、自分の体験、それに思索をめぐらすという思考過程を通じて、あなたがそれを存在のあるべき理想の姿として、また自己の世界の内面で実現すべき真理として心に抱くようになったからです。

このことは、意識の理解という面で、あなたがどれだけ進歩してきたかを雄弁に物語ってくれます。

それでも、まだこれからさらに見るべきもの、理解し体験すべき偉大な叡智、永遠の存在とも言えるものが控えています。

しかし、こういう叡智を思索したり、理想として心に抱いたりするには、先ず、現在の自分が表現しているものを知り、理解しなければなりません。

なぜなら、智慧は蓄積され、さらに偉大なる叡智を内包するようになっていくからです。

たとえば、先ず、自分自身の荘厳な美を目の当たりにして、自分への愛情と慈しみの心を表すことができるまでは、すべての生命の美しさを見たり、それに気づいたりすること、あるいは他者に対する深い愛情と慈しみの心を表すことはできないのです。

自分の心の中で、自分に対する愛情を実感して、はじめて自分以外の外に意識を広げて、自分以外の生命をも受け容れ、心に抱くための基盤ができるのです。

これを理解し、知るようになると、それまで自分の外にあると知覚していた生命は、実は自分そのものだと気づき始めるのです。

わかりますか?

だからこそ、もし、あなたがこの次元を離れるとすれば、自分の思考プロセスと、自分が体現してきた感情面での態度とに波長が合う意識、叡智の次元へと行くわけです。

それよりもさらに限りなく広がる次元にいくことはありません。

なぜなら、それはまだ自己の実現となっていませんから、そのような叡智が存在すること自体、これから先に知覚していかなくてはならないからです。

私たちの人生は、この地上界だろうと、ここを離れてから次に行く場所であろうと、私たちの思考そのものだろうということになるのです。

さて、皆さんが『天界』と呼んでいるものは、単に生きることであり、そのさまざまなレベルと次元のことです。

イェシュア・ベン・ヨゼフは、七つの天界について語りました。

天界は本当に七つあって、それぞれが実際の場所であり、存在の次元なのです。

この地上界もその一つです。

そして、これらの次元のどこを見ても人類を苦しめ、罰する地獄というものはありません。

人間は、もう自分でそれは充分やっています。

あなたがこの地上界を去って、次に七つのうちのどの次元の天界に生まれるかは、意識、感情のレベルいかんで決まるものなのです。

では、その『意識のレベル』についての理解を深めてもらいましょう。

『意識=感情』にも、七つの段階(レベル)が存在するのです。

ただし、この七つの段階(レベル)は、天界の七つのレベルと1対1で対応するものではありません。

あくまで、ひとりの人間の愛という概念に対する意識の在りよう、深さなのです。

その七つとは、生殖と生存、恐怖と苦痛、力への愛、感じる愛、表現する愛、すべての生命を見る神、そして神なる我(われ)です。

ひとつ、知っておいてほしいのです。

頭の中で想いめぐらし、理解すべく心に抱く思考には、すべてある振動数の波動があり、それが特定の感情として体験されるのです。

ですから、、苦痛に対する理解を会得しようとするならば、その人は苦痛に関連する限られた思考をめぐらしているので、その思考が低いレベルの振動数の波動を生じさせ、感情面ではその波動が痛みとして体験されるというわけです。

愛について、理解し表現することを想い、学ぼうとしているならば、人と分かち合い、表現された愛に関する思考の高い波動がもたらす高揚感を味わうのです。

それがどこであれ、自分の理解のために意識が主に向いている方向が、あなたの行く天界です。

それはあなたの持つオーラと、あなたの存在の精霊が、その場所の波動へとあなたを引きつけていくからなのです。

知りたいと望むことは、何でもただ知るのです。

それには、ただ理解を求め、自分の存在の内面の感じ方に耳を傾けるだけでよいのです。

自分のフィーリングの持つ智慧を必ず信頼することです。

それを無視して、自分の内面によい感じをもたらさない信念を押しつけることは、決してしてはいけません。

まもなく4次元の世界へ移行しますが、皆さんが今、存在しているのが第一の次元、三次元の知覚の次元です。

これは個々の存在が物質と呼ばれる形態の中で、神についての理解を得る次元です。

ここに生きて学ぶのは大変なことです。

この次元に入るには、出生というプロセスを通過しなければなりませんし、肉体のさまざまな限界や本能等を生き抜いていかねばなりませんから。

この次元では、意識の理解のレベルについていえば、すべてのものが存在しています。

なぜなら、これは『表現する神』と呼ばれるものの次元、あるいは『見せる』次元であるからです。

自分の感情面での理解を広げるために、物質という形で存在する意識を見せたり、それを自分の目で確かめたりするための次元なのです。

知っておいてほしいのは、皆さんが存在しているこの地球と呼ばれる場所は、個々の存在が『見せる』次元で化身を体験し、それを通して自己を表現できる無数の場所のひとつに過ぎないのです。

第ニの次元は、自分の理解のために、苦痛、阿責の念や罪悪感を体験している人の次元です。

第三の次元は、力の次元と呼ばれます。

これは他人を支配し、隷属させることを求める人の次元ですが、何もメイクラブ、その他の肉体的、物理的方法を使ってというわけではなく、(もはや、そういうものは持たないのですから)、『精神=思考』と呼ばれるものを使い、あらゆる人に自分の意見を知らしめようとするのです。

四番目は愛の次元と呼ばれます。

この次元にいる存在は、皆さん、深い愛情を感じていますが、残念ながらその深みを表現できないのです。

つまり、多大な愛を体験している光の存在を生きながらも、その愛を表現する能力がない状態なのです。

第五の次元は、楽園と呼ばれます。

ここは『黄金の光』と呼ばれるものが堰を切ったようにあふれ出す最初の次元です。

あなたもよく知っている太陽の光を想い浮かべ、それが金色であるところを想像してください。

第五の次元では、この色がすべてを包み込んでいますが、それなのにすべてのものが、それ自体の色の鮮やかさも保っているのです。

そこには夜というものがなく、あるのは黄金の光だけです。

そして、音楽、素晴らしい音楽が聞こえます。」

「ラムサ 真・聖なる預言」より抜粋

つづく

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