目には見えない様々な愛をはじめ、神々様方の大愛に包まれて・・・

両親の愛・・・とりわけ育つ過程においての母親の愛は原点ともいえるのかもしれません・・・

母の愛は海より深し・・・といわれるゆえんは、自分が母になってみてはじめて知るというようなことを私なりに知ったのです。

幼い子供たちがいつしか成人しても・・・両親である母や父にとっては、子供は子供である。

そこらあたりの定義?というか・・・バランスの取り方がまた課題として目の前に起きて、お互いの学びを摘み取り損なわないようにする気づきと学びがその時々でブレーキをかけるように浮上して来るのです。来ます。

それらの内容は違っても・・・共同創造関連等においても同様にです。

いくつかのある詔(みことのり)の配信等が役割で今までも・・・そして、最近までに成されたときに・・・それらの内容等にライトワーカーの当事者の方がたがどのように解釈し反応するかが問われていることに気づいたり、それらの内容等を読み・・・自分に何をどのように気づき・学びなさいと促されているのかに視点をおくのであればよいのですが・・・

多くの場合、自分は今までこ~んなにも出勤日を変更していただいたり・・・家族にも迷惑をいっぱいかけてきたり、すべてお金も自己負担で一生懸命にして来たのに・・・神様や単なるパイプ役や役割に過ぎない人たちや同胞たちへ、それらの溜め込んだ?不満等を一気に噴出し・・・それらを素直に電話やメール等でぶちまければ、そのあたりが天のサポート等でアドバイスの糸口も見つかり・・・気持ちや心の噴火状態が収まる方向へと前進し向かいます。

最初の純粋な動機が・・・いつしか共同創造の参加の回を重ねるほどに、天の神々様方の大愛やお互いに同胞たちの目には見えない多くの愛にドップリ浸かり過ぎて・・・当たり前に思えることが実は当たり前ではないことにさえ、いつしか感謝をする心を忘れてしまい・・・それらのドップリ感状態がいつまでも続くと勝手に創りあげていた想いが詔等でもろくも崩れ去った現状の眼前に・・・何を想い、もがくのかを問われている視点のズレにも気づこうとしない在りよう・・・

これらの自分の感情のみに反応するということは・・・いつしか、自分には力があるというような想いにすりかわり・・・それらに気づいていないということなのでしょうか!?

私の場合は、長年月間を経ても・・・そうですが、帰還変更等をいくつか余儀なくされた経緯があり・・・いくら泣こうとそれらの既に終えたお導きの光のプロジェクト関連等の共同創造の遂行を表裏一体の窓口として責任を問われる任務であることを常に認識していなければならない過酷といえば・・・本当に過酷なミッションだったことは筆舌に耐えません。

ご縁のあった・ある同胞たちとお互いに万障繰り合わせての連携・協力しながらの共同創造の遂行関連が数えきれないほどに長年間続き、ありました。

それらの共同創造関連等も・・・自分なりの日常生活で日々、起きる出来事等を通した気づきや学びと同じく、何等、変わることなく毎回、常に参加された方がた等を通したお互いの気づきや学び等をしながら・・・思いやりや譲歩するというような緩和策を必然的に学び合わないと・・・闇の世界のものたちが、それらの亀裂を見逃すことなく解体をもくろみ邪魔をするのが目的であることを自然と体験と共に誰もがいつしか知る者となっていったと想うのです!?

そこらあたりを体感しながら理解と認識をしていなければ・・・容易に自分のよろしくない感情等が闇の世界のものたちに狙われていることさえ、気づかないのだろうか?

と・・・心配だから、今回もどうしても気になる数人の方へ昨夜、気づいていただきたく電話をしました。

もちろん、他の多くの同胞たちを含めた、よろしくないもんもんとした念が昼間に寒気として複合され来て・・・しかも、背中に張り付き邪魔をするというような使われ方をされてしまっている表裏一体の裏の現実等の実態を、赤裸々にありのままに知っていただかねばならないことに気づかされたので今、このようにタイトルをあらためて見て・・・書いています。

昨日の昼間のよろしくない複合されたよろしくない念等は想念体として気持ち悪い寒気で・・・熱いカップそばを食べないと寒気が持たない程の念が複合された隠された裏事情等で顕現された事実を素直に認め・・・それらの想念体が闇の世界のものたちにエサを与えることになる真実を知っていただきたく記述しています。

自分の課題にフォーカスしなければならないのに・・・屈折したまったく関係のない責任転嫁等でよろしくない念が複合化され想念体となり、それに見合った波長の法則で引き寄せたよろしくない霊魂に使われてしまうという困った実態や本人が霊的に昨日もそうですが本日もまた違う方が来られて・・・正直にハッキリ!いえば、本当に迷惑です。

だけど・・・今まで一緒に共同創造して来た同胞たちが自分の気づきや学び等の課題を責任転嫁したり、解釈の仕方で不満を抱えたままでいる姿や様子が伝わって来たり、見(視)えたりすると・・・離れたところでその様子を窺い、あわよくば闇の世界へ囁き、引き込みコントロールして使おうとするタイミングをはかっている姿などが見(視)えたら・・・苦楽を今まで共にして来た同胞たちを放っておけないのです。

おせっかいかもしれません・・・

そして・・・それらをどうすればよいのかとその時々で同胞とお互いに何時間も打開策を想い話し合うことも数知れずありました。現在進行形でも多々、数知れずあります。

頼んだ訳ではないと言われれば・・・それまでですが、それらの打開策に向けての話し合い等は、とても本当に疲れるのです。

時には、そのよろしくないバックと戦うことも数知れずありました。あります。

時間を割いての当事者たちへの打開策・・・このようなことは今までも、現在も常に必要に応じて成されて来たことをほとんど話していないので多くの同胞たちは知らないと思います。

時々、複数人やある方がたと今までもこっそりとお互いに話すことがあるのですが・・・当事者の本人や複数の同胞の方がたは知らないだけで・・・本当はこんなにも幸せに包まれているのに・・・気づいていない幸せ

自分だけがどうしてこんな目に遭わなければならないの?・・・と、いつしか動機が微妙に変わってすりかわり、いつしか不満しかなかったというような目の前だけの在りように振り回されて地球や人類へよろしくない騒音という念等を撒き散らしていることにいつ、気づくのだろうか?

早く、気づいていただきたいなと・・・至らないながらも願うのです。

今日は、世間一般では母の日です。

生命体である母なる地球の大愛にも感謝をしたいものです

そして、いつも・・・四六時中、1人、1人が守護霊様はじめ、天津神(あまつかみ)=天の神々様方や国津神(くにつかみ)=地上の神々様方、創造主様の大愛に包まれていることに気づき、自然と感謝を捧げ・・・

人類共にお互いがお互いを認め合い、尊重し、共存・共栄できる緩和策の接点というか妥協点を手探りで見つけ出す努力が今、とても求められているようにも思えるのです。

目に見える様々な愛情というか形ある愛もあるけれど・・・目には見えない、はかることのできない愛や天の大愛に・・・私たち、人類はどれほど包まれているかを知る人たちは本当の意味で幸せな人たちなんだと想うのです。

かなり数年も前から私なりに日常生活を通して・・・プチ幸せをどれだけ見つけられるかを知った喜びをシェアしたいと思います。

当たり前と思われていることが実は当たり前ではないということを知ったプチ幸せのいくつかは、感謝の気持ちをあらためて教えてくれます。

葉っぱに落ちる雨のしずくも・・・大地を潤おす自然の恵みの循環に気づかされます。

それらがあって、私たちは生かされ・・・ここに存在しています。

決して、1人ではない私たち・・・

生かされているから・・・少しでも何かのお役にというか・・・恩返しをしたいと自然と私なりに想うのです・・・

表裏一体のパイプ役も時にはあるけれど・・・私の場合には既に2年5ヶ月前にシルバーコードが切られ帰還しているのが実態なので、多くの場合が同胞の皆さん方と同じように共同創造のパイプ役ですとは云えない自覚・認識の部分で昨日、ある神社にて注意・喚起のお叱りをいただいたのです。反省と共に、今後は自覚・認識の部分で精進していく所存です。

学びは永遠にある・・・本当にそのとおりだと日々、想うのです。

何事もバランス=中道を歩く難しさはありますが・・・それなりに上手にクリアー出来たときの努力のプロセスがいかに大事かをまたあらためて知る。その日々の繰り返しで誰もが霊的進化しているのかなと思うのです・・・

先ほど・・・私が長年、待望していた木の花ファミリーの初期に歌われていた無料のダウンロードできる「この星の上で」がいつしかCDで発売されていたことを最近になり知り、本日届きました。

この歌を聴くと・・・胸が熱くなり、いつしか涙が滲んでいることに気づくのです。私にとって、自分の原点に戻れるような気がする曲や歌(CD)のひとつです。

まとまりがなく書き綴った長文を読んでくださり、いつもありがとうございます。(感謝)

「この星の上で」 by 木の花楽団 を聴きながら・・・

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