最後通告の詔

朝、目覚めるまでに珍しく3時過ぎ頃に一度、目が覚めて台風26号の暴風雨が窓ガラスを強く叩きつけている音が聞こえた。

もう一度、寝て・・・6:30頃に目覚めて階下のリビングダイニングへ行き、台風26号関連の情報をテレビで観ていると各地の被害状況等が放映されているときに・・・

「最後通告・・・」という詔がテレパシーで胸に響き渡り全身に木霊した。

これでお知らせ現象等が終わるということのようです。

正直、身震いを覚えた。

先だっては「詔の最終通告」を役割の1人として、必要な方がたへお伝えするためにブログに書きました。

今度は台風26号直撃・通過関連中に詔で「最後通告・・・」。

今まで日本の各地をはじめ、世界の至るところで甚大な台風被害や地震、火山の噴火と数えきれないほどの様々な自然現象が起きています。

今までのこれらの出来事は・・・今回の「最後通告・・・」で・・・やはり?お知らせ現象と光の使徒=ライトワーカー=虹の戦士=ワンダラーと霊脈は多少、違えどその目的はみんな同じですので役割のある人たち、1人、1人に「さあ、このようなことが日本や世界で起きて甚大な被害が出ていますが・・・」あなたはどうしますか?

どうされますか?

いつものように対岸の火事とみなしますか?

そんなことより、今の自分が大事で優先と思っていましたか?

自分の身に起きた訳でもないし、親戚や友達、知人がいる訳でもないので・・・申し訳ないけど、ごめんなさいでしたか?

役割を理解・認識しているけど・・・そんなことは知ったことじゃない。誰かがやってくれるだろうし・・・自分は、自分のことで忙しいんだ。忙しかったんだと言い訳をしますか?

・・・と、いうようなお試し・・・テストが投げかけられていたと思うのです。

それらを安易?に見過ぎして来た結果がいつもその時々の現状であったようです・・・

私の場合は、自分が後悔をしたくないから・・・が、結果的に葛藤の末にいつもそこで決着するのです。して来ました。

ふとしたときに・・・ピアノを弾きたいと何度も想い習いに行きたいと数えきれないほどに思いました。

ある前世でピアノを弾いている時代の私をかなり何年も前に思い出していました。

今まで何度もピアノを習いたいと想いながら・・・レッスン日が決まっていることもあり、私自身が何より自由にいつでも必要なときにはすぐに動けるように自分を出来るだけ制約から解放したかったんだということが今、書きながらわかりました。

これが私なりの在り方の結論です。でした。

至らないながらも私なりに後悔だけはしたくないので・・・そのようにして来ました。

私自身がその都度、選択しながら歩いて来た道には後悔はありません。

他者から見たら、何も出来てないじゃないと想われることも多々、あるかも知れませんが・・・それらの他者が私を採点することに委ねる自己評価の判断を平成7年から相次いで義父と義母の主人の両親が同居してすぐに痴呆症(※現在は既に認知症と病名が変更。)であることがわかり数年間、介護と看病し看取りました経緯があり、その時に世間の評価や在り方はイイカゲンなので振り回されるのをやめたくなりやめたのです。

今にして思えば・・・これらがあったから自由でいたい。心はいつも自由で誰からも束縛されることもない。

マリー・アントワネットの心は自由で誰にも束縛されないの言葉の意味が私なりにわかった。理解できたときでした。

つまり・・・私が何を言いたいのかといいますと

「最後通告」という詔を書くべきかどうか・・・を戸惑っている私に役割で書きなさいとお話があり、今、このようにブログに書いていますが、それらの解釈はこのブログを読んでくださっている方がた、1人、1人の自由意志と責任に任されていますことを付記させていただきます。

十数日前に数字を数えるカウントの黒いカウンター計に数字表記部分が白くて黒い字で書かれた数字がすごい速さでカシャカシャとカウントしているビジョンを続けて2回視せられたというか視ました。この意味もこのブログをご縁があって読んでくださっている1人、1人の自由意志と責任において解釈をしてくださるようにお願いします。

ちなみに、私自身も詔=メッセージ=託宣等の役割でお伝えしている1人に過ぎません。

これらの詔が本物であるかどうかの見極め・・・ガブリエルの眼の学びの課題がこれらを読んでくださっている1人、1人に問われ、あるようです。ご参考までに。

感謝とともに      by サラ

             

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