「あなたたちの肉(体)の目が〔相対的な〕善悪を認めてしまうから、この〔絶対〕善が損なわれるのである。
唯一の真実なるものは、実存するものであって実存しないものではない。
神のみが実存するすべてである。
神の外(そと)に生きている存在はない。
神が天と地と、その中、およびその上に生存するすべてを創造(つく)り給うたのである。」
「わたしの言葉は善である。
それは善き実を結ぶ。
この言葉は、わたしを遣わし給うた神より来るがゆえに永遠に存続する。」
「何人(なにびと)であれ、この言葉を聞きながら、それを遵守(じゅんしゅ)しない者からは、この言葉は取り去られる。
それはちょうど、道端(みちばた)に植えられはしたが根づかなかった種子のようなものである。」
「わたしの裡(うち)なる王国の言葉を聞き、一応はすぐに受け容れ、歓びはするが、それもつかの間で、やがてせっかくの言葉も根づくことなく、そのうち忘れ去られてしまう。
そのうち何か面倒なことが起きると、せっかくの根も浅いために死んでしまう。
それは石のように固(かた)い土地に落ちた種子のようなものである。」
「〔真理の〕言葉を遵守しなければ、それはあなたたちから奪い去られてしまう、魂のなかに根をおろしていなかったからである。
〔真理の〕言葉は魂の奥深くに浸透し、そこで根をおろし、信仰によってしっかり固定しなければならないのである。」
「〔真理の〕言葉とは『わたしは生命(いのち)である。』である。
わたしは一切のものを支配する。
天上天下における一切の権能がわたしに与えられている。」
「富もまたその世俗的欲望と惑(まど)わしのゆえに〔真理の〕言葉を窒息させかねない。
富は成長を止(と)める薊(あざみ)である。
わたしのこの言葉について、真剣に思いをいたすがよい。」
「あなたたちは〔真理の〕言葉を聞き、今やそれを理解した。
ゆえに、それは良き土地に生えて実を結ぶ。
あなたたちは人によって、あるいは100、あるいは60、あるいは30〔の果実〕を産み出す良き土地であるからである。」
「わたしの種子をあなたたちの中に植え、あなたたちがわたしの言葉を受け容れ、その言葉が実を結ぶ。
あなたたちは人によっては、あるいは100、あるいは60、あるいは30〔の果実〕を産み、あなたたちのなかに宿るならば、わたしはあなたたちの中にあり、あなたたちはわたしの中にある。」
「わたしの言葉はあなたたちの中のパン種子(だね)である。
それが、自ずとあなたたちの中で働くがままにすれば、あなたたち自身がパン種子(だね)になる。」
「世の礎石(いしずえ)がおかれる前より、あなたたちのなかに隠されていた秘密をわたしは引き出した。」
「あなたたちの仕事は太初(はじめ)から自分で引き受けたものであり、あなたたちの歩む一歩々々は正しい。
その〔歩みの〕終末はおそらくあなたたちには見えないであろう。
そのために、疑惑がおこる。
しかし、あなたたちが疑惑しているからといって、それが〔神の〕創造計画を罷(や)めさせ、変更させることはできない。」
「決して、見かけに落胆(らくたん)してはならない。
常に善なるものを見ることである。
すべては終(つい)には善なるものに到達するのである。
〔神の〕久遠の計画は果たされなければならぬことを知るがよい。
なぜなら、それが神の御意志だからである。
その背後に存する栄光と目的とは、すべての人々に対する愛と平和と調和と善意とである。」
「あなたたちは、この事業を援(たす)けるために現在、地上にあるのである。
それが、あなたたちのところにわたしがやって来た理由である。
わたしは常にあなたたちとともにあり、あなたたちを援助している。
このことは、おそらくあなたたちには十分には解(わか)っていないかも知れないが、わたしの言葉〔複数〕は真実である。
何であれ、信じて、わたしに求めるものはそのとおり実現する。」
「神とは、人間の姿を取った愛であることを知れ。
愛が敗(やぶ)れることは決してなく、愛はすべてのものを新たならしめる。」
「わたしがイエスの口を借りて語った者〔キリスト=神我〕であることを信じて、わたしを受け容れるならば、あなたたちはわたしの名において、多くのことを為(な)すようになるであろう。
なぜならば、わたしは常にあなたたちとともにあり、わたしを遣わし給うた父なる神はわたしとともにいますからである。」
「神の子を信じないで拒否する者は自分自身を知らない者である。」
「わたしとわたしの父なる神とを知れば知るほど、あらゆる被造物の中に存在する絶妙なる叡智と秩序とに対するあなたたちの尊敬は大きくなるであろう。」
「石や岩までが、神の創造の不思議さを現わしている。
露(つゆ)の一滴(いってき)々々が神の法則に従い、その久遠なる目的を果たしているのである。」
「〔あなたたちが我(が=エゴ)を捨てて〕太初(はじめ)にあった言葉に心を開くにつれて、あなたたちは更に高度の法則(複数)を認識し、それらの法則と調和をするようになる。」
「あなたたちは、いろいろな誤(あやま)ちを犯しはするが、それは身を助ける体験となる。
恐れるな。
いたずらに過去を悔やみもするな。
強大なる久遠の愛が至るところで、恒(つね)に今、愛自身を顕現(あらわ)そう、顕現(あらわ)そうとしていることを知れ。」
「わたしは人の裡(うち)なる光りである。
わたしに従う者は闇を歩くことはない。
わたしは世の光りである。」
「わたしは父なる神の栄光をすべてあなたたちに示現する。
わたしが来たのはそのためである。」
「バリサイ人達は、<君は自分自身について証言(あかし)しているが、君の証言(あかし)は本当ではない>と云った。」
「彼らは、神の御霊(みたま)を知らず、また、わたしが何処(どこ)より来(き)たり何処(どこ)へ行くかも知らなかったのである。
しかし、わたしは自分が何処(どこ)より来たり何処(どこ)へ行くかを知っていた。」
「わたしは自分が神より来たことを知っていた。
神がわたしを世に遣(つか)わし給うたことを知っていた。
世間がわたしを拒むこと、しかし わたしを拒むことによって世はわたしを受け容れざるを得ないことをわたしは知っていた。
しかし、断っておくが、わたしを拒むことはわたしを遣わし給う父なる神を拒むことである。
わたしは父なる神の生命(いのち)、人の中に御自身を顕現(あらわ)し給う神の意識である。」
「人は肉(体)に従って裁くが、わたしは何人(なにびと)も裁かない。
しかし、いったん裁くとなれば、わたしの裁きは正しい。
なぜなら、わたしは1人ではなく、父なる神が恒(つね)にわたしとともにいますからである。」
「わたしは自分自身についての証言(あかし)はしない。
しかし、わたしを遣わした給うたわたしの父なる神がそれをなし給う。
ゆえに、あなたたちがわたしを受け容れるならば、わたしの父なる神をも受け容れたことになる。
〔父とわたしの間には〕分離のないことを知るがよい。
そうすれば、わたしのこともよく理解(わか)るようになるであろう。」
「神我(キリスト)は、人々の〔神我(キリスト意識)の自覚〕の展開に程度に応じて、その必要を満たす。」
「かくしてあなたたちが信じさえすれば、わたしは必ずあなたたちを助ける。
なぜならば、父の愛はあらゆる必要なものを満たし、あなたたちが求める前に父はあなたたちの必要とするものを知ってい給うからである。」
「あなたたちが情(ハート)と魂と心と力とのすべてを尽くして愛するならば、わたしはあなたたちの中に君臨する。
そうすれば、あなたたちにとって何にひとつ不可能なものは無くなるであろう。」
「わたしの裡(うち)なる父の愛が、あなたたちの中に表現(あらわ)されているのである。
その愛の中には、一切の物事を成就する智慧(ちえ)と力と英智とがある。」
「霊体(※)は完全なる質料である。
(※)霊体の意味:イエスの「霊体」とは、もちろん、感情の座としての霊体ではなく、常人にわかりやすい日本語を以ってすれば、妙々たる「神体」とでもいうべきもの。
従って、あなた達の物質体は〔本来は〕そのあらゆる部分が唯一の実在である神我(キリスト意識)に従って機能(はたらく)ものであることは間違いなく、理解するがよい。」
「もし、悩みや苦しみがあっても、心穏(おだ)やかにしているがよい。
そうすれば、わたしがあなたたちの生命(いのち)の中に君臨する。
なぜならば、神はあなたたちの中で働いておられ、神のお働きには失敗はありえないからである。
したがって、あなたたちの苦悩は無駄にはならない。
あなたたちは神我(キリスト)の力を感じ、悩み苦しみは無くなるであろう。
わたしとともであれば、あなたたちのくびきは軽い。」
「父なる神はわたしとともにあなたたちの生命(いのち)の中に、肉(体)の身の中にさえ、住み給う。
ゆえに、あなたたちの中にある言葉によって生きよ。
あなたたちを愛するわたしはあなたたちのためにわたし自身を与えた。
わたしの居るところにあなたたちもまた居るであろう。」
わたしの愛と平安とをあなたたちに留める。
上記は「心身の神癒」サブタイトルに「主、再び語り給う」M・マグドナルド・ベイン著/仲里誠吉訳(霞ヶ関書房)より、お導きにより抜粋させていただきました。
(メッセージ)
既に終えているオペレーションの光のプロジェクト関連等にて当時、共同創造における役割で個人絡みの気づきや学びのバランスが著しく支障を来たしたり・来たしていたことでよろしくないものたちと波長の法則で引き寄せたものが邪魔をするのが目的で使われし者たちの解除をはじめ、学びの課題を乗り越え復帰した者たち(複数回、繰り返しの者たちも含めて)をこの者(サラ)の役割で当ブログに記載した真意をどれほどの者が理解していただろうか・・・
記載され恥ずかしいと思う心情と恥ずかしいと思うがそれらを素直に受け容れる最初の動機が真の心情から発しられていたのかが常に問われていたことをあなたがたは知っていただろうか。
上記の抜粋記載に書かれていることを問われていたのです。
今はあなたがたを通してわたしどもも学びましたので、既に解除や復帰のお知らせ等はしていない現状があります。
その当時のこの者(サラ)の気持ちや良くも悪くもそなたがたの想い等の念やコントロールされてしまったあなたがたの背後のものたちとの本来あるべきではないはずの共同創造の戦いに耐え忍び、悩まされた学びの心情を知る者は幸いなり。
すべてにおいてドアーは開かれているのです。
ドアーを頑(かたく)なに開こうとしないのは、あなたがたがプライドにいつまでも振り回されていることに気づくことが早道です。
誰もあなたがたを傷つけたりはしていないのですから。
サザンクロスより愛をこめて
