何度か訂正されたM9の3年前の3月11日、東日本大震災後のあるときから今日に至るまでマスコミ報道番組等で数えきれないほどに「いつ、何が起きてもおかしくない状況・・・」と言われ続けて来ています。
私にはよくわかりませんが・・・そのとき、そのときの状況等は天津神様と国津神様=地の神々様方からの多大なサポートもさることながら・・・心ある人たちの霊的真理の知識や情報等をいかに実際の日常生活の中にまで落とし込んで体現するかが問われ続けて久しいようです・・・
が、人類の総体的な意識レベルが向上すればカンタンなことのようですが・・・そこらあたりは各自自身が体現できているかどうかを誰よりも一番知っているはずです。
『先ずは己自身の生まれて来た目的である魂磨き=霊的進化がなければ・・・何のために宇宙では低次元の遅れた惑星(ほし)、このテラ=地球という学び舎(まなびや)へ生まれて来たかを問うとよいだろう。
霊的真理を探究し研鑽の道を歩いている学徒であれば多くの人たちが知っているであろうM ・ ドゥリル博士は光の太いパイプ役であったために幾冊かの本を書くように命じたのである。
我はトスなり。 』
※時々、あるように書かされたようです。
大聖トスは、アトランテイスの大陸のときはメルキゼデクの名前でした。
そして、エジプトのピラミッドを築いたのも大聖トスです。
その3度目の化身のときはヘルメスの名前でした。
M ・ ドウリル博士は著書「エメラルド・タブレット」の序文に次のようなことを書いています。
「多くの人々は冷笑することだろう。
だが、真実の学徒は、行間を読みとり、神智を得ることだろう。
もし、諸君の心の中に光があるならば、このタブレットに刻み込まれている光が諸君の光に応ずることだろう。
(中略)
此処に含まれている神智は、古代神秘の基礎であって、目を開き、心を開いて読む者の智慧を百倍にもしてくれる。
読め、信じようが信じまいが、とにかく読め。
そうすれば、タブレットの中にあるヴァイブレーションは諸君の魂の中のヴァイブレーションと感応することだろう。
大宇宙の調和の中で
M ・ ドウリル 」
大聖トス曰く
『高慢なる者は賢明ならずして馬鹿(ばか)である。
高慢なれば、自分の手前勝手な、杓子定規で物事を測るから、悟ることも学ぶこともない』
大聖トス曰く
『愛は道の第一歩で、また道の最終到着点である。
愛は一を以って一切を貫く』
パスカルは救世主を瞑想して次のように告白した。
『理性も、想像も、五感もそれ自らの欠陥をもって、互いに欺(あざむ)き合い、復讐しあっている。
人間は何一つとして完全な道具を持たない。
正義も勢力と結ばなければ目的を達しない。
人間は結局、自己の無力に気づいて、絶望する外(ほか)ない。
絶望して両手をさしのべ、救世主に助けを求める外はない。
この絶対謙遜の境地に於いてこそ、思索は誤ちなく宇宙を抱く。
最も大いなる誤謬と罪悪は高慢である』
「エメラルド・タブレット」M ・ ドウリル編著(竜王文庫)より抜粋。
※念のために。学徒であれば誰もが知っている周知の事実ですが、瞑想をするときには瞑想をする場所(空間を含めた)のあらかじめの浄化と必ず結界が必然不可欠となることを知っている学徒は賢明である。
私が書きたいと思ったこととは違い・・・時々、あるように上記の多くは抜粋をはじめ、書かされたようです。ご参考までに。
後記:上記の抜粋にある「多くの人々は冷笑するだろう・・・」の箇所は時々、私自身も中傷や批判等で体験しているのでシンクロする部分もあります。ありました。
それでもいつしか気づけば私なりの役割を長年間に渡り・・・宇宙規模で考察すれば、ほんの一部分にしか過ぎないのかもしれませんが・・・とりあえず、私なりの役割が終えたことに今は安堵しています。
が、休む暇もなく?・・・次に備え、託された同胞の皆さん方と待機中といえば、うなづかれるあなたもおそらく同胞の1人かと思うのです。
ただし、知識や情報だけに留まるのではなく、行動が伴なってはじめて、私たち人類の和・輪・環の新たなコミュニティ関連がはじまるようです。
聖なるかな! 聖なるかな! 聖なるかな!
カドッシュ! カドッシュ! カドッシュ!
いつも、読んでくださいましてありがとうございます。
あるがままに・・・
サラ・マイトレーヤ
