祈るということ・・・ 抜粋

祈るということを、もっと教育に取り入れた方がよいのではないでしょうか?
現在の先生方は、祈りという言葉の中に含まれてる宗教性が怖いんだと思います。
以前は、祈りというよりも、目には見えないものに対する畏敬の心を伝える努力をしたんですよ。
しかし、今は、いろんな意見があって難しいものがあります。
例えば、給食を食べる時、「いただきます」と言って一斉に手を合わせたりすることはやめさせてくれという意見が保護者から出たとか。
いただきますという感謝の言葉は、給食に対しては基本的に合わない人がいたというんです。
給食費は親が出しているから食べるのは当然の権利なのに「いただきます」というのはおかしいじゃないかという意見なんです。
そうしたおかあさんたちも、権利などについて、意見するようにという教育をされてきたんでしょうね。
祈りは、神様に対して自分自身のやるべきことをまず伝えて、それによって自分の行動の責任を明確にしていくことです。
その中には、すでに神様からいただいていることに対する感謝も含まれています。
昔から、日本の祈りというのはお供えをするものなのです。
西洋の習慣と根本的に違うのは、お供えをしてから祈るところです。
西洋は、逆に神様からパンなどをいただくんです。
命の糧をいただくということなんですね。
日本では、命の糧はすでに神様からいただいているので、それに対して感謝の気持ちを込めてお供えをします。
天と自然の恵みは素晴らしく、その恩恵をすでにいただいているという自覚があるんです。
そして、これからこのようにしていきたいという神様に対する自身の意思表示、それを見守っていただきたいというお願いを申し上げるんですね。
日本の国というのは、お互いに切磋琢磨するけれども、今の言葉で言ったら平和な社会が作られてきました。
現実的な和をもってして、日本の国は発展してきたような気がするんです。
戦国時代など、争った時代もありました。
しかし、争った相手の全部を皆殺しにするような文化は持っていません。
責任者が責任を取れば、家臣、部下たちはいっしょに次の社会の中に組み込んでいくんです。
奴隷として扱ったり、財産を略奪して皆殺しにするというようなことは、ほとんど行われてきていません。
これが、和を求める日本の本質的な文化じゃないかと思うんです。
戦国時代も、豊臣秀吉がうまくやれたのは、快柔策をとったからでしょう。
争って自分が勝っても、そのままあなたにここの統治を任せます、その代わり、自分に味方になりなさい、としたのです。
だから、その時代の歴史には、よく裏切りがあります。
でも、あれは本当は裏切りというものではなくて、世の中を良くするための方向転換だったのだと思います。
考え方次第です。
意地をはって戦いを続けても、負ける戦になれば家族、部下、統治をする庶民たちが不幸になってしまいますから。
絶対的な君主といいますか、人の命も自由にできるような強い権力を持つという宿命を、日本はあまり支持しません。
あくまでもいろんな人の意見を聞きながら、多くの人が幸福を追求していく、そういう願いを持って集団のリーダーは国造りをしてきたような気がするのです。
ヨーロッパや中国は、負けたら皆殺しにされるというのがありますね。
とても刹那的です。
でも、日本では負けても生き残ります。
責任者だけが責任をとるんですが、責任の取り方は、昔は武士の社会では切腹がありました。
中には逃げ出した人もいるかもしれませんが、そういう家系は次の時代には生き残ることはない。
人格的に評価されません。
ほとんどの殿様たちは、自らの責任をとって、自分の子供や家来たちは次の時代によく生きていくことができるようにしていたんです。
最近は、上の人たちにもそうした気概がなく、品格が落ちてきているようです。
自己保身とかよくいわれますが、今のような政治の仕組みの世界ではなかなか難しいこともあるでしょう。
トップ1人の考え方では人は動かないし、責任の取り方も、他の人を守ることはそう容易ではない。
昔は、1番上の人だけ責任をとれば、争った相手が下の人をきちんと守っていくという不文律が合ったような気がします。
「青年地球誕生 第2集」 明窓出版より抜粋

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