タイトルの「選別・・・」関連について云えば、天や神々様方が決して選別をしている訳ではないのです。
生命体であるテラ(地球)という惑星は多くの役割のある光の使徒・・・ライトワーカーや虹の戦士、ワンダラーと呼び名と霊脈は違えどもその目的は等しく同じです。
本文に戻ります。
すべては繋がりひとつである理解と認識のワンネスの世界へと次元上昇(アセンション)中のテラという惑星のエネルギーに各自が努めて波動を同調するように日常生活の出来事等を表裏一体でたえず意識して心の点検を怠らないようにすることが今はとても重要で求められているようです。
もちろん、以前からもそうなんですが・・・この大事なキーワードを多くの役割のある者たちがおろそかにして来た現状が今、現在の良くも悪くもの在りようです。
各自の動機の部分をはじめ、相反する者たちの甘い楽な誘惑に惹かれてしまうのか・・・?
多少なりとも各自の身をけずり・・・一見、大変そうに見えたり思えたりすることのほうがたとえようのない本来の魂の喜びを体感するものとなるのか・・・?
それらはひとえに各自の自由意志の選択に任されているのです。
たしかに・・・そのとおりではあるのだが、選別や選民と聞いたり・読んだりしたときにすぐに冷静さを欠いて穏やかではなく、嵐がすきま風のように自分の心や気持ちに吹き荒れる理由について検証されたし。
各自の自由意志の選択は任されていて・・・好き勝手をしておきながら、選別や選民という言葉を聞いたり読んだりしたときに心がざわつくのは、その責任の部分がおなざりになっていたことへのお知らせ現象=警告がともなっていることにも気づく者(たち)は幸いなり。
早ければ早いほどにその軌道修正はカンタンにたやすく出来るのです。
わかっていながら・・・知っていながら・・・それらを後回し?にしてしまう体(てい)たらくが今の各自の在りようを忠実に反映しているのを真澄の鏡(ますみのかがみ)で見るなり。
日本の神社のご神殿に真澄の鏡があるのは、それを知らしめるためもあるのです。
各自が自宅にある鏡を真澄の鏡に見立て・・・自分の日常生活での「想(思)い・行い・語る」の心の点検をしながら洗い出すのも人により必要かもしれぬ。
何か事があったり・・・起きたときに・・・助かる者(たち)は日頃からの何気ない「想(思)い・行い・語る」の部分によるものが比重を占めていることにも気づくなり。
また、良くも悪くも念が来るというので・・・自分はそのようなことに関わりたくないとあたりさわりのない事だけをブログ等に書くのも自由だが・・・それでは、良くも悪くもの念がどのようなものかを体験する機会を逸脱してしまい良い子・・・いい人だと思われていたいという解釈の表れでもあるのです。
良くも悪くも体験なくしての、その時、その時のごくごく一部の小さな悟り?といえば、悟りなりを知る者とは言い難いのである。
人は艱難辛苦を通して・・・人の痛みを知る者となり、自分が他者からの痛みを知れば・・・自ずとわきまえるようになるものである。
それが人たる道でもあるのです。
また、人はゲームに興じて・・・いつしかゲームなのか仮想現実なのかわからなくなる巧妙さにも注意されたし。
あらゆる誘惑の手が氾濫しているこの現実世界から目を背(そむ)けてはならないのです。
もちろん、あなたがたの言うスピリチャルな世界(霊的な世界)との関わりも同じである。
「正見(視)」「正聞(聴)」の見極めがあなたがたの課題の急務でもあるのです。
それらをおなざりにしておきながら・・・役割を自覚・認識を多少なりともしている多くの者たちが選別や選民という言葉に心がざわつくのはごく普通に考えても、思っても、一般論としてみてもおかしな話じゃと気づくもんじゃ。
選別や選民について云えば、繰り返しになるが各自の動機にはじまり、それらにともなう行動等がすべてを決定するのです。
天や神々様方がするのではないのです。
ひとえに、あなたがた人類の1人、1人の動機・・・日常生活の在りようが各自の波動(エネルギー、気、氣、バイブレーション)をかもし出しているのです。
言葉でいくら良いことばかりを並べ立てても・・・その実、心の中では違っていたり、行動がともなっていなければ、宇宙の法則は忠実に誰もが等しく作用するものなのです。
宇宙の法則をそれなりに多少なりとも学び知っていれば・・・知っているほどに、それらに対しての罪は重くなることも周知の事実です。
だからと言って・・・多くの役割のある者たちが大変だからと控えてしまう傾向にあることも残念でならないのである。
遅かれ早かれしなくてはならないことはいずれ来るのです。
それらを後回しにして来たツケを早めに心底から悔い改め、受け入れてする者(たち)は幸いなり。
そうでないとおわかりであろうが・・・それらの罪は重いものであろう。
生まれて来た役割を多少なりとも理解・認識をしている者たちの生まれて来た目的は、この地球(テラという惑星)と人類の救済にあります。あるのです。
フワフワ感やワクワク楽しむとか・・・そのような次元の低い意識の正体を通過して(※その時は、そこでの学びがカルマやご縁等で必要だったのです。そこを感謝して卒業する。)、更なる次の永遠不滅の霊的進化への歩みの歩を前に向いて歩き出していく必要が誰もがあるのです。
そこの部分の見極めもまたあるのです。
多くの者たちが、今まで関わりのあった・ある者たちに気遣い?の遠慮をして・・・言うなれば、後が怖いのでいつまでも離れられないジレンマに陥(おちい)っている在りようは笑うにも笑えない哀しさがみてとれるのです。
憂えています。
それもまた、今の在りようを創っている側面の一部に加担しているマイナスの要因にも気づかれたし。
助かる・助からないは各自が自分の動機をはじめ、日常生活での「想(思)い・行い・語る」の心の点検のキーワードによるのです。
霊的な世界でも、この現実世界での一般論においても・・・肩書き等に執着や固執する者(たち)は違う世界のものたち・・・よろしくない相反するものたち・・・いわゆる闇の世界のものたちと共通して通じる欲(エゴ)に注意されたし。
心ある者たちに捧ぐ・・・
※大いなる計画に携わっているたくさんの光の存在の方がたより早朝の目覚めと共に詔を何度かいただきまして、書かされたようです。by サラ・M・ホワイト・イーグル
※11/25、ご依頼のお導きのある神社・仏閣等にて急きょ、天命をいただき11/28・29とあるところへと参りました。25日の夜、帰宅してからの手配関連もお仕組みがなされていて割高だったのですが・・・言い出しにくくて持ち出しの自費でと思ったのですが、敷地に入らせていただかなくてはならなくて手配後の夜遅くに電話をしてお伝えしたら、代金を教えてくださいと仰られて・・・ほとんど手配関連に近い料金を申し訳なくお話をしたら、すぐに快諾をしてくださったことにもただただ、感謝でした。それなのに・・・別の御礼(食事代)もくださいまして、昨日、荷物の整理(※帰宅した前夜は既に24時を過ぎていたのです)をしていたら・・・食事代どころか通常の料金が同封されていましたので驚いてしまいました。その方と天のお仕組みに感謝するばかりでした(合掌)
その天命ともうひとつの天命の2つが結果的にあったのです。28日の天命をその方が受け入れてくださった直後に、29日の天命をいただいたのです。天命とはいえ、お金が28日のその方にかかるのを自費でも行こうと試練のテストを受け入れて、電話をしたらその方からの快諾と代金関連等もご自分から承諾してくださったのです。翌日の29日は早朝の5時過ぎにホテルをチェックアウトして天命の場所へ日帰りし、最終の予約しているフライトに間に合うように時間的なこともありましたがお蔭様にてご協力とたくさんの目には見えないサポートをいただきまして全てが無事に終えたことに感謝とお礼を申し上げます(合掌)
時期が来ましたら・・・2つ目の天命関連についてお話ができるようでしたら当ブログに書いて、その時はアップさせていただきたいと思います。
願わくば、自分の役割を多少なりとも自覚・認識をしている多くの目立たない?コツコツと密(ひそ)かにされている心ある同志の皆さん方とお互いに連携・協力しあっていけたらといつも思っていました。います。
セーリアさん、連絡ください。詔です。
この世のものであり、この世のものではない・・・と、ある仏閣のご本殿前に座っているときにテレパシーで聴こえて来た意味は私なりにもちろん、了解(りょうげ)している部分もありますし・・・時に複雑な面持ちになることもあります。誰もが同じく内容は違いますがそれぞれに常に枚挙がないほどに学びが訪れるものです。またまた・・・私にとってはもう、数えきれないくらいの帰還予定変更の有無を天命で行きましたある神社にて訊ねられました。在るがままにそのようにしていきたい旨のお返事をさせていただきました。共同創造のパイプ役で使っていただける魂の喜びを(大変な部分もあるけれど)何度も体験させていただいたお陰があります。
常に誰もが等しく・・・それでもあなたは光の道を歩いていきますか?
と、問われ続けて・・・私は何度も泣いたあの数えきれない34年間の日々の積み重ねがあり、家族をはじめ、今は亡き両親、そして姉妹、恩師の皆様方、仲間たちや友達・・・同志たちのお陰様で今、現在の私が至らないながらもあります。感謝いたします(合掌)
選別は各自が自分の動機で決めている・・・
心霊