詔(みことのり)・・・and らくがき

昨日(9/24)、用事で出かけた帰りに久しぶりにある神社へ参拝に行きました。
と・・・言うよりも結果的にわかったことは呼ばれた・・・お導きで行ったことがわかったのです。
1人でも多くの人を助けるためにではなく・・・(今まで転生を繰り返す毎にその時々の出来事や状況等に応じて誰もが数えきれないほどの天の大愛を人を介して・・・それは必ずしも当事者にしてみれば「良薬は口に苦し」でそれらの解釈や背後に隠された光(愛)を求めるかどうかの選択肢の違いがあるだけの話である・・・)在るがままに・・・
先日(9/23)、ターニングポイントがあってから・・・より2極性(※例:「光」あるところには、必ず、その反対となる「闇」がまた存在することは周知の事実です。「善」の対極は「悪」というように人類の霊的進化はそれらの体験を良くも悪くも繰り返し、痛い思い等をした時は控えなければならないことを知る学びのチャンスである魂磨きが本来の生まれて来た目的です。)が際だって来る人たちもいれば、さほど?何事も感じないでいつものように日々の生活をしている人たちもいると思うのです。
それは今まで培ってきた感官や意識によるものなのでしょう・・・か!?
私にはよくわからないし・・・なにより他者を裁くつもりもありません。
誰もが各自、選択したことだからそれでよいのだと想います。
カンタンに昨日の「詔」だけを書いて必要な人たちが読んで参考にしていただけたら私なりの役割のひとつとして嬉しく幸いなのですが・・・上記に記載のようにサポートをいただいたようです。
「詔」
「タイムラグで現象が起きてから助かったと喜ぶも・・・なおも、自分さえよければと嘆かわしいいさかいが起こる。
タイムラグの現象が起きてから・・・更に10日後位にもう一度、更なる歪みの現象が起きる。
それにより本物であるかどうかを自らが選別する。
2つの現象がそれぞれに起きた時・・・「アミ 小さな宇宙人」の本に記載されているように純粋な動機や心を持っている人たちはそれなりに愛の水準に達しているので、レムリアやアトランティスの時のように必要に応じて救出チームの宇宙船たちが小さく光輝く星々から大きく光輝く星々のような存在たちを見つけて助けることになっている。
母なる大地や樹木、森林、草木、野に咲く花々、自然の果実、動物の大小を問わず、生きとし生けるもの在りとし在るもの・・・あらゆる自然の恵みのものたちが必要とされるので天の御意志により舞台が用意されている。それは人間のためだけではなく、共存共栄・・・全(すべ)てはひとつで互いに繋がっていることを自覚・認識をしているものたちへ用意されたものです。」
以上が詔です。
サラのらくがき
朝、燃えるゴミ出しに行き、戻って来ると・・・ガレージのところにポストがあり、その近くに少し背の高くなった芙蓉に似た白い花が咲いているのですが・・・「災害が来た時に倒れて邪魔になるので邪魔にならないように切ってください」と話しかけられたのです。
元々、お花や木等とは23年前位から必要に応じて自然とお話をしていたのですが・・・今回のように、上記のように話しかけられたのは初めての出来事でした。
お花が咲いている木と話ながら高くなった枝をいくつも秋雨が降る中を傘をさしながら切りました。ゴミ出しにも間に合いました。
そうするとインターホンのところにある少し背の高くなった木が・・・やはり、同じく「木が倒れたら、避難する時に邪魔になるのとお隣さんへのもしものときの配慮も伝わって来て、切って・・・」と話しかけて来てくれたので、「ありがとう」と言いながら切らせていただきました。
・・・というようなことがありました。

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