先ず、最初に・・・先般、詔で「今年いっぱい持つかどうか・・・」を聴かされた・・・聴いた私自身の苦悩がどうすればよいのだろうか・・・?
何を私に示唆をしているのだろうか・・・!?
そこらあたりも・・・今年の年明けの1月に京都へ再び呼ばれて行き・・・最前線の光のプロジェクト関連に伴う私サイド(家族)の事情を含めた帰還関連(帰還できなくなったため)に伴う窓口の中継点としてホログラフィックに光の銀河連盟・テラセンターが設立されたのも大きな意味がありました。あったのです。
身体があれば・・・どうしてもそれなりの制約や負担がかかるのです。
それだけではなく、その当時にご縁をいただいていた・いる(今、現在・・・私と一緒に残っている仲間&友達は1人のみですがとても嬉しく幸いに私なりに思っています。余談ですがケンカ?もそれなりにいっぱいして来ましたネ。それも今になればお互いの魂磨きだったのです。私の学びは、気持ちをわかってくれないという寂しい・悲しいという感情・・・これもプライドとの葛藤で心の折り合いだったことが今となれば、あらためてよくわかるのです。何事もバランスの問題です。)たくさんの仲間たちも自らが手を挙げて自己責任で聖なる計画に参加表明をされていたこともあり必要だったのです。
それら関連の光の銀河連盟・テラセンターが本体のベガ(織姫座)に収束されたのは・・・あまりにも当時(残念ながら・・・今もそう変わらない状況だそうです)、役割を持って生まれて来ている光の使徒の皆さん方が囁きに負けてしまい多くの仲間たちがコントロールされてしまい・・・現実には、各自がエゴにも気づけないほどにスピリチャリズムという呼び名のもとにご都合主義から離れることができなかったことが原因のひとつでもあり・・・弱さをまざまざと見せつけられた形の収束とならざるを得なかったのが本当の理由です。
その当時、ご縁で関わっていた仲間たちでさえ・・・各自の意識をもう一段と意図的に高める努力を共同創造のパイプ役としてもっと真剣に認識をしていたならば違っていたのかもしれない・・・と、回顧したことが何度もありました。
しかし・・・それらは私が立ち入る問題ではなく、それぞれ各自の意識レベルの問題であることも大きく浮上して見せてくださったことも・・・側面で・・・哀しいけれど現実は現実として受け入れて・・・その時、その時のご縁をいただいていた・いる志を同じくした仲間たちと連携・協力をして自分たちで・・・先にわかった・わかっている人たちとしていかなくてはならないことも自ずと身に沁みて体感して知る人となることも体験を積み重ねて私も知ったのです。
同時に・・・「待っている暇がない。」と刻印されて降ろされた霊の書等に記載されている・いた意味も・・・私なりに自然と理解できるに到って来たのです。
光の銀河連盟・テラセンターは上記関連のような経緯で収束に至ったのです。
最初の書き出し関連の続きを書くには・・・さかのぼる松堂久邇(しょうどうくに)さんの本をダンボール箱で私に送ってくださる役割をしてくださった晶子さんこと小林晶子さんにあらためまして、心より感謝とお礼を申し上げます(拝・合掌)
その当時の頃の時期は・・・私自身はあまりよく覚えていないのですが・・・本格的にお導きの最前線の光のプロジェクトが始まる以前に必要に応じて弥勒菩薩様がウォークインしてくださる身体を探していたというお話が弥勒菩薩様から直接いただいて・・・何度かお断りもしたのですが説得されまして・・・弥勒のサラとマイトレーヤ・サラの宇宙名を授かっていた頃だと思うのですが・・・ある日、お導きで行きました神社で・・・イエス様から、ある奥の宮で「天成のシャーマンになりました。」とお話があった時は・・・@@;
とっても信じられなくて・・・その以前に呪術を扱う(※私の場合、今までの体験からですが術の解除がほとんどです)なんてとんでもない!! 私には向いていない!!嫌だー!! 「ドン・ファン・・・」関連の本も読みたくない・・・だから読んでいません。おぞましい・・・ことは嫌やだったのです。
そのようなことがありましたが・・・早速、そのような関連をあるお世話になった恩師の1人から言いなりにならない私を見て取り・・・とんでもない洗礼を横目で見て流し・・・受けたのです。
また、ある時は・・・面識のないある外国のシャーマンだった男性が「自分はシャーマンが大変だからやめたのです・・・」というような記事を読んで・・・男性さえもそうなんだから・・・か弱い(その当時頃までは良くも悪くも繊細すぎると言われていた私がいました)私が・・・しかも・・・シャーマンや松堂久邇さんのように天性のシャーマンでもなく・・・天成のシャーマンを拝命していることに心中は穏やかではない私が正直、いたことがありました・・・
そんなことさえも忘れていた私に・・・ある日・・・当時のお導き・最前線の光のプロジェクト・・・前半の前半の頃あたり?に・・・「松堂久邇さんが今まで法隆寺をはじめ、術をかけられていた聖なる場所等をお導きで必要に応じて解除して来た役割を・・・今度は私(サラ)が引き継いでするのです。やるのです。」と詔を仰せつかった時には・・・正直、驚きましたが・・・私に力等はなく、1人でするのではなく、共同創造であることも理解・認識をそれなりにしていましたので・・・受け入れざるを得ないこともどこかで知っていたのです。
よく云われたり、刻印されて降ろされた霊の書等にも記載されていますが・・・「天は、必ずしもあなたがたの望む給ふような役割をしてもらうのではなく、必要に応じての準備の整った人を必要に応じてお使いになるのです」。
また・・・「呼ばれる者は多いが・・・選ばれる者は少ない・・・」は周知の事実のようにです。
これはどういう意味かというと・・・呼ばれるけれど、そこには呼ばれたけれど・・・自分はこれをやりたくないとか・・・あっちのほうがいいとか・・・嫌だとか・・・はたまた、役割には優劣が無いのに自分勝手な枠組みや価値判断等でこの世的な優劣のものさしを使ってしまう癖のパターンに気づく必要があるのに気づかないままに・・・天のお仕組み・・・神謀りと自分の思惑等の感情のエゴ等を天秤に知らずしてかけてしまっている多くの光の使徒たちが何と多いことだろうか・・・これが人の肉体を持つ世なり。
多くの者たちが・・・「お役に立たせてください。とお参り等で祈るが・・・実際にそのようになった時に(お試しも含められている)・・・土壇場で戸惑う・・・これも人の性(さが)なり。」
いずれも選択肢はあるなり。自由なり。
そうは云ってもにっちもさっちもいかなくなり(※多くの役割のある者たちがそうであれば・・・)・・・地球神庁会議でこの者(サラ)にテラセンターの役割を天命で任命するなり。
今年の年明けと3月にかけて準備を整えて昨日(12/12)に至るまで神話の創生関連を捻じ曲げられた書き換えを本来のあるべき形へと・・・その時々に応じて自ら挙手したる者たちと共同創造の遂行をしたるなり。
よって、今年末まで持つかどうかの出来事は無事に回避出来たなり。
日本は世界の雛形なり。
日本は元々、葦原国(あしはらのくに)と呼ばれていたのである。
その後、時代を経て・・・ジパング・・・黄金の国と日本は呼ばれるようになったことも真実なり。
それらの大きな役割を経て12月11日、新月の日にマスターに名実共に授けるなり。
※上記は書かされました。
※書くようにと詔を今、いただきましたので書かせていただきます。
「欲しい・・・欲しいというような霊的段階を求めなくとも、この者(サラ)のように何も求めなくとも準備が整えば、誰でもが様々な役割の天命や使命を拝受する者となり得ることを知る者は幸いなり。」 これは本当で真実です。多くの光の使徒である仲間の皆さん方に是非、知っていただきたいことです。
昨日(12/12)、お導きの集合場所である聖なる地で下記の詔を祈祷の読経中に参列させていただいていたときにいただきましたのでお伝えさせていただきます。
昨日(12/12)を含めて、日本が落ち着くのは半年位かかります。
世界の雛形である日本が先がけて落ち着けば、世界も1年強をかけて落ち着いて来る。
いずれも・・・歪(ひず)みが大なり小なり伴うであろう・・・
忘れてはならないのは、人類自らがエゴにより招いた歪(ひず)みなり。
謙虚に受け入れるならば・・・たちまち解消されるなり。
それらのタイムラグの歪みの大小は人類・・・そなたがたの心次第である。
私なりの役割もこれでほぼ終わりに近づきつつあるように思われます・・・
来年の年明けに・・・ご縁のあった・ある光の使徒の仲間たちとまだ見ぬ多くの目覚めた心ある光の使徒である仲間たちともご一緒にオープンに集えたら嬉しく幸いです
※既に相反する者たちのプログラミング教育にコントロールされている人たちは・・・残念ながら、この世的な次元が終わり、今までのこのテラ(地球)と同じような自分さえよければというような低次元レベル同等の惑星(ほし)へ生まれ変わり学び直さなければならないようです。左記の理由により、上記のような集いにはハーモニー(調和)のエネルギーが基本となりますので参加は無理とのことです。誰のせいでもなく、自分がエゴを優先し選択した結果の自己責任のようです。仮に参加されても・・・波長の法則で無理なようです。ご参考までに。
天の大愛は、裁くことなく・・・いつも無条件の愛と無条件の受容に満ち満ちているようです
至らない私は・・・先のブログに記載したように数えきれない試行錯誤の繰り返しをして来ています・・・そして、時々・・・そのような役割が嫌になることも度々ありました。あったのです。
役割の共同創造中はそんなことを考えたり、想ったりする暇や時間等は一切ありませんが・・・大義名分のように愛と奉仕・・・や無条件の愛や無条件の受容等もすっかり頭から離れていますし・・・ただ、身体を神謀りで必要に応じて現地へ持って行くことだけが優先であり重要でお使いになっていただくことが目的であることが大前提でして来たに過ぎないのです。
私自身が後悔をしたくないこともありましたが・・・
私がそうしたいから・・・それらを選択してそうして来たに過ぎないのです。
在る・・・
在る・・・を本当の意味で何度も何度もの数えきれない体験を通して・・・昨夜、疲れ果てた身体を癒すために最近、私のヒーリングで聴いている「KITARO Peace on Earth」の『ひとにはみめぐみ』をリピートで聴きながら寝ている時にわかったのです。このCDはクリスマス曲です。
本当は霊的なことから少し離れたいと・・・ユーチューブでいつしかこれらの曲にたどり着いて・・・タイトルの「Peace on Earth」の文字にやすらぎを見つけて直ぐに注文をして、直ぐに届いたCDです。やっぱり、私に必要だったのです。今も「ひとにはみめぐみ」の曲がこのブログを書き始める目覚めた時からず~っと流れています。
何事も偶然はなく、必要だったことも・・・今なら素直に受け入れられる私がいます。全ては魂磨き・・・霊的進化・・・霊的成長・・・人格の成長のためだったこと・・・まだまだ、至りませんが「在る・・・」の本当の意味がそれなりに理解・認識できたことが今は嬉しいのです。嬉しいです。
また、まとまりのない長文になりましたが・・・読んでくださいまして、ありがとうございます。
このブログを読んで少しでもエネルギーのシェアが出来れば嬉しく幸いです。
あるがままに・・・
感謝とともに
サラ・マイトレーヤ(サラ・マハトマ)
在る・・・
心霊