先日(1/16)、お導きで行きました本州のとある地域の一宮の神社で下記の詔をいただきましてブログに書くように使命をいただきましたのでお伝えさせていただきます。
『(今、この瞬間が・・・)30年、50年、100年に、人によりエネルギー的に凝縮されています。
ブレない真の軸に常にフォーカスすることが大事です。
(上記の解説)
あなた方が、この現実世界を本当の世界と思っているかもしれませんが・・・この現実世界はマーヤ(幻想の世界)であなた方の霊的進化・・・魂を磨く為にどこかへ修行に行かなくても、この現実世界で目の前に置かれた出来事等を通して・・・起きることを日常生活のなかであなたに良くも悪くも善いように玉石混合の魂たちが切磋琢磨をしながら霊的進化(人格の成長)に気づいても・気づかなくても結果として、しのぎを削って生きて来たのが今、現在のあなた自身です。
壊れ去りつつある古い枠組みや価値判断の世界観等で各自にとって既に過去の出来事と化している・いた肩書きやプライドというエゴがなせる業(わざ)で栄光や華やかしい?と秘かに他者と競争してほくそ笑んでいる手放せない出来事等をいつまでも手放せないでつかんだままでいると・・・必要に応じた過去世との統合がいつまでも出来なく・・・「あなたはわたし、わたしはあなた。という分離のないワンネスのエネルギー」と波長のズレが起きてしまうかもしれないのです・・・上記のように30年、50年、100年分というような各自の気づきや学びという課題がカンタンにクリア出来るはずのところの差は歴然となり得るのです。
有名・著名人や師匠、恩師、先生と肩書きのある方がたをはじめ、仲良しこよし関連等に自分の人生を委ねることは誰もが出来ません。出来ないのです。
自分の人生の責任は、誰もが自分で責任をとるしかないのです。
裡(うち)なる自分の中にいる神にフォーカスすることが望ましいのです。
世の中にたくさんある宗教等は、それらの入り口や登り口のひとつに過ぎないのです。
残念に思うことは・・・多くの人類がそこ止まりで留まってしまっていることがあります。
まだまだ、その先にもっと光り輝く目的地があることを忘れてしまっています。
入り口や登り口が違っても目的地は誰もが同じです。
永遠不滅の宇宙の真理はシンプルです。
あなたが投げたボールは、良くも悪くもいずれ遅かれ早かれあなた自身に戻って来ます。戻って来るのです。
その時に素直に謙虚にあるがままに受け入れるかどうかだけが問題なのです。
表面上だけ取り繕(つくろ)ったり・・・継続するという意志確認の脆さがあったという事実にベールをかけたくなるかもしれないが・・・それが今の現状を誰でもない自分が創り出していることにフォーカスすることが大事です。
また、「ありがとうございます」行も・・・カウントのカウンターを使えば・・・「ありがとうございます」行の目的から外れてしまって目的が違ってしまっていることにも気づくなり。
「ありがとうございます」行のとりあえず、10万回という目標も・・・同じく、いずれも何事においても、その最初の動機が結果をもたらすのです。
全(すべ)てにおいて、最初の動機が結果をもたらすのです。
すべては愛・・・
それらの全ては愛・・・
宇宙の法則は愛です。
けれども・・・それらの無条件の愛と無条件の受容を知るために、あなた方はこの地球という学び舎に体験をするために選択して生まれて来ています。
日々、起きる出来事の良くも悪くもの体験等を通さなくては・・・自分が体験して、はじめて、他者の痛みや気持ち等を知る人となり得ます。
他者へ責任転嫁すれば・・・それらの体験を知ることも出来ません。
ひとつの例えです。他者から、あなたはスゴいと言われ続けて来た人たちの多くは・・・目には見えない私たちがまとっている諸媒体・・・特に幽体にインプットされ続けて、いつしか自分は他者より特別でスゴいという傲慢な人を創りあげて来たことにも自分で気づかなければならない時が待たれています。
特別な人はいないのです。
特別な人がいるとしたら・・・あなたもまたその特別な人の1人です。誰もがです。
補足するならば・・・誰もが同じように特別な人であれば・・・金太郎飴と同じで、どこを切っても同じではジグソーパズルの絵はいつまでも完成することは出来ません。
共通した部分も確かにあるけれど・・・少しずつ違っているからこそジグソーパズルの1ピースになるのです。そして、絵が完成します。
あなた方、人類もまた同じく、ジグソーパズルの1ピースに例えることが出来ます。
それぞれが多少なりとも違っているからこそ(秀でている?天性の部分も役割分担のひとつに過ぎないのです)役割や使命というこの地球のアセンションに関するジグソーパズルの1ピースになることに誰もがシンプルに出来るのです。
これらを受け入れる・受け入れないは各自の自由意志に任されています。責任も然り。
ただ、いえることは・・・誰もが自分自身に対しての責任を忘れてはならないということです。
そして、自分で乗り越えていかなくてはならないのです。
そのように決めれば・・・動機次第ですが、サポートが神様から必ず入ります。人を介してのときが多々、あります。
多くの人類が、見た目・・・目の前に起きている事象に翻弄されていますが、それらはどうでもよいことなのです。
あなた自身がどのように反応するかだけが問題なのです。
また、いつからでも・・・気づいたときからやり直しが出来ることを知る者は幸いなり。
天の扉は、いつでも誰にでも開かれているのです。』
文責 光の存在方・・・&サラ・マイトレーヤ
※疲れ?なのか少しめまいがありながら・・・詔を書かせていただきましたのでご理解・ご了承をください。(サラ)
詔(みことのり)
心霊