すべてを受けよ ~ 暗闇から光へ (引用抜粋) (※12/6 サラ文の修正補足あり)

ある教師にはその価値があり、また他の教師にはその価値がありません。
何故、私がこのように言うかというと、それは学校で教えているシクシャ・グルと霊的な教師の間に違いがあるからです。
これは二種の異なった教師です。
学校の教師は、あなたが人間として成長するように、ある決まった知識を与え、あなたがどのように生きていったらよいのか、教えてくれます。
ところが霊的な教師、グル、サットグルは人生の規則を教えるだけではなく、人生の方向、また何処でどのように人生を築いたらよいか教えます。(※サットは真の意味。グルは教師の意味で真実の教師。)
それが違いです。
人間にとって最初のグルは母親で、次が父親、これはまず間違いないでしょう。
ヴェーダは、グルは母であり、父であると言っていますが、そこには母親と父親が子供に与えるのは、肉体だけであると記されています。
彼らが与えるのは身体ですが、グルは第二の誕生とも言える、霊的な生命を与えます。
それはどのようにして行われるのでしょう?
霊的な道にいない人間から、プライド、物質の世界に生きることの意義、富や娯楽などを取ってしまうと、残るものは何もなくなります。
すべては意味を失ってしまいます。
それに引き換え、霊的な人間から、その特質を取ってしまうことはできません。
霊性は永久的で、知識も同様です。
あなたに知識があったら、それを知識に留めず、知恵に変えてください。
これらすべてのことは、恩恵によって起こります。
あなたは自分でも、ある種の物事を行うことができますが、あなたが何処に生まれて来るか、誰があなたの師匠になるか、またいつ神様が、あなたが神に達することを可能にしてくださるかは、あなたがこの世に生まれて来るよりずっと前に、もう決まっているのです。
あなたはそれが自分だと言いますが、それは全くあなたではないのです。
それは「神様」に他ならないからです。
この課程で、私たちが手に入れたいのは神様の恩恵であり、また自分自身を鍛えることなのです。
でも、人間にとって、それを自分一人で勝ち得るのは、大変難しいことです。
ただ、この霊的な欲求が目覚めると、神様はあらゆるものを提供して、人間一人一人がその恩恵を授かるように準備してくださいます。
ある所に、こんなことを言ったスーフィ聖者がいました。
「私が悟りを開いた時、私は三つの過ちを犯したことに気づきました。
第一の過ちは、私はいつも神様に向かって第一歩を踏み出したと思っていたことです。
ところが悟りを開いてからは、第一歩を踏み出したのは私ではなく、神様ご自身が(私が第一歩を踏み出す前に)私に向かって何歩も近づいて来られたのに気づいたのです。
第二の過ちは、私は神様に対し、計り知れない愛を抱いていると思っていたことです。
ところが後になって、私は神様を非常に愛していると思っていたのが、彼の大洋のごとき愛に比べると、私の愛はその一滴にも値しないということがわかったのです。
そして第三の過ちは、私が神様を得て、神様を実現した時、実際には神様ご自身が自らを実現されたのがわかったのです」
この三つの事項を理解するように試みてください。
この三つは、すべてが神様の恩恵であることを示しています。
そして、もちろんのこと、この恩恵を得るためには、ただ黙って座っているだけでは駄目です。
実習して、あなたにその準備ができていることを実証してください。
ある人達は「教師は要らない。グルも要らない」と言いますが、本を読んで知識を得ても、知恵は書物から受けられません。
知識が知恵に変わるのは、恩恵が教師から弟子に移り渡って行く時だけです。
もし、あなたにその心構えができているのだったら、ここに人間として生まれて来てください。
もちろん、人間として存在するだけでは、普通の人間として存在するだけでは、ちょっとつまらないのではありませんか?
違いますか?
でも他の状態を知らないのに、どうしてつまらないとわかるのですか?
あなたは感じるのです。
あなたはこの不満足な状態を感じるのです。
あなたは何をしても、幸せになれません。
そこには何かを探し求める気持ち、あなたを真に幸せにするものを待ち焦がれる気持ち、ただ普通の幸せではない、純な幸せであるシュッダ、あなたの心の中の幸せがあるのです。
そしてこの気持ち、この欲求が起きると、間違いなくグルがやって来ます。
それにはいくつもの人生が掛かります。
一回の人生だけでなく、いくつもの人生が掛かることがあるのです。
そして、どの人生にも同じ欲求があるという訳ではありません。
それに何千という人生が掛かることもあり、何千という年月が掛かることもあります。
まず第一に、あなたがこの世に生まれ、心に探し求める欲求があると、神様がプレレカ・グルとして現れます。
それはあなたがグルに出会うと、まず心の中に愛が燃え上がることを意味しています。
それは教師のそばにいたいという欲求です。
それは一度ネクタールを試したようなもので、世の中のものはもう何もこれほど美味しくなくなってしまうのです。
それと同じように、あなたが一度グルに近づくと、世の中が変わってしまいます。
ですから、あなたは霊的になると、世の中を手放します。
また、世の中の人はあなたを違った目で見ます。
ある人達は、あなたは気が違ったと言います。
あなたの心奥深くに愛が目覚め、あなたの行為は彼らにそぐわなくなったのです。
グルとの最初の出会いはプレレカと呼ばれ、これは生徒の心に神の愛が目覚めることを言います。
このようにして、あなたは自分のグルを見分けることができます。
これは磁石のように引き寄せる、抵抗できない力です。
第二に、グル(教師)は、サチャカとして働き掛けます。
その意味はバクタ、弟子を鍛える人のことです。
この期間にあなたはグルは間違っている、グルはよくないと主張します。
グルについて良くないことをすべて言えますが、でもこれだけは頭に置いてください。
誰がマスターを理解するでしょう?
あなた自身がマスターになるまで、マスターというものがわかりません。
ですからマスターを見て「おお、このマスターは良くない」とか「おお、このマスターは良い」とか言うのです。
でも、あなたにどうして良いとか、良くないとかわかるのですか?
あなたは外側の行為だけを見て、その後ろに何があるのか知りません。
これがグルの磨きをかける仕事の一つで、サチャカと言い、生徒を鍛え、すべての不純物を取り除くのです。
この取り除き作業は、時として大変残酷で厳しいことがあります。
こうしてあなたはグルがグルであることに気がつきます。
もし、グルが優しかったら、あなたがどうしょうと、すべてに関して優しく、ただ「いいよ、いいよ」と言うだけだったら、何も意味がないでしょう。
あなたが自然の中でダイヤモンドや金を見ると、ダイヤはただの石に見えます。
ところが専門家がこの石を手に取って、磨くのを見ると、その磨き方は決して手柔らかなものではありません。
それを磨くのはとても大変な仕事ですが、最終的には素晴らしい石になります。
金もこれと同じです。
金は非常に汚れていると、それを火に通さなければなりません。
火に通すのは大変残酷なことです。
金から綺麗な装身具類を得るには、それを溶かして磨くのに、1000度で燃やす必要があります。
これがいわゆるサチャカです。
多くの人がこのプロセスの途中で去って行きます。
それに堪えられないからです。
でも、このプロセスが済んで、それがバクタ、信者に植え付けられ、またそれに加えて、強い信仰と堅い決心があれば、それは輝き出すことでしょう。
このプロセスの後で、グルはヴァチャカの姿を装い、これは生徒に神の栄光をもたらすことを意味しています。
グは生徒に主の物語を、主の様々な姿を示します。
主の素晴らしい物語を話し、すべての不純物が取り除かれると、バクタは神性と栄光と神の光で満たされるのです。
もちろん、これは単なる知識です。
しばらくすると、グルはボダカの姿を装います。
ボダカの意味は、知識を知恵に変えることで、それによってバクタ、信者はすべてを理解するのです。
世の中の人達は多くの知識を備えています。
でも魂に関する知識、またあなたは本当は誰なのかなどということに関する知識は、知識とは言わず、知恵と言います。
知恵を身につけると、世の中は全く違って見えてきます。
これがボダカ、ボダカ・グルと言います。
知恵を身につけると、最後に現れて来るものは、純な愛です。
知恵を身につけた者は知恵者になります。
そして、もう無知ではなくなります。
そして、知恵者になると、主が至るところにおられるのがわかります。
その次にグルはダルシャカの姿を装います。
ダルシャカの意味は、グル自身が神の姿で現れることです。
グルは弟子の前に神として現れます。
これでわかるように、このプロセスには五つの段階があって、それはゆっくり進んで行きます。
グルはあなたを試します。
あなたはプレレカ、サチャカ、ヴァチャカ、ボダカを通って、最後にダルシャカに達します。
あなたがダルシャカに行き着くと、あなたは神の姿を至るところに見出します。
あなたは完全に自己を実現します。
あなたの探すものはマスターの足元にあります。
彼はあなたにそれを授けたのです。
シヴァプラナの中でシヴァはパールヴァティーに言っています。
「この世の知識をすべて得ても、師匠の値打ちがわからなかったら、何もならない」
クリシュナも『ギーター』で同ことを言っています。
「私が人間の姿をしているため、無知な者は外見しか見ないで、私をただの人間だと思っている」
誰がサットグルを理解するでしょう?
誰も理解しません!
生徒に心の準備ができると、サットグルは姿を現し、生徒のところへやって来ます。
彼は何かを得るためにやって来るのではありません。
何故かというと、グルはすでに神と一体化しているのです。
わかりますか?
ではサットグルがこの世で必要としているものがあるでしょうか?
何もありません。
彼は与えるために、例え彼が受け取っているように見える時でも、ただ与えるためにやって来るのです。
事実、あなたが授かるものは、すべて彼が与えるものだけです。
彼の与え方には3種類あります。
まず サンカルパ、想念で与える方法、次にドリシュティ、これはビジョン、視覚で与える方法、そしてスパルシャ、触覚で与える方法の3つです。
グルはこの三つの方法によっ与えます。
第一のサンカルパは想念、知性、シャクティの伝達によって与えられます。
それは亀の母親のようなものです。
亀の母親は砂に卵を産んでも、その上に座っている必要がないのです。
彼女は卵を産むと、その卵が雛にかえるよう、離れた所から、暖かい波のような想念を送ります。
このように波によって成し遂げられるのが、サンカルパです。
シルディのサイババはこのようにして人々を祝福しました。
第二の形はドリシュティで、これは視覚を通して与えられます。
視覚による祝福は、水に卵を産む魚のようなものです。
卵は透き通った水の泡の中にあって、母親の魚は常にそのそばを離れず、卵に集中します。
ただ集中して見つめているだけで、卵はかえります。
これをドリシュティと言います。
最後の形はスパルシャで、これは触覚によって行われます。
あなたはマスターの所へ行って、頭を下げ、サハスララ(チャクラ)を差し出します。
するとマスターはあなたの頭に触れて、何もすることはない、神様が守っていてくださるから、という意味の祝福を与えてくれます。
そして、あなたがそれを信じれば、神様の祝福を受けます。
また、信じなくても、祝福は受けますが、その効果が現れるまで、多少時間が掛かります。
それでシルディのサイババは第一の形、サンカルパによって、祝福を与えたと言うことができます。
ラマナ・マハリシはドリシュティ、視覚によって祝福しました。
彼は目を通して、ダルシャンを与えました。
また、シュリ・ラーマクリシュナはスパルシャ、触れることによって、ダリシャンを行いました。
この3種類のやり方で、マスターはエネルギーを伝達します。
彼の中にある神のエネルギーをバクタ、弟子に伝えるのです。
私が何故弟子と言い、信者と言わないのかわかりますか?
それは人がこの浄化のプロセスをすべて通って、バクタ、真の弟子になるからです。
ただの信者ではなく、弟子になるのです。
弟子というのは、マスター(師匠)の恩恵を授かった者で、マスターの恩恵とは、神の恩恵のように、心の中にあるものです。
私達が小さな草木に接ぎ木をしようとして、例えば2種類のバラの一株を、もう一株のバラに接ぎ木して、いざそれに水をあげようという時、私達は当然、親の株の方に水をあげるでしょう?
教師は親の株で、そこを通って行くものはすべて、教師につながっている弟子が受け取ります。
(省略)
『ギーター』の中でクリシュナは「私は私を求める者のところへグル(教師)として現れるだろう」と言っています。
(省略)
人間がみんな無駄にしているのが時間です。
彼らは後になって時間ができたら、何でもしようと思っています。
でも、あなたが今そのために時間を費やさなかったら、もう決してそのために時間を費やすことはないでしょう。
「後で」ということは決してないのです。
誰かが「明日という日は決して来ないだろう」と言ったのは本当です!
あなたにはサーダナができないという言い訳はいくらでもあります。
でも、あなたが今していることはとても大切なことで、それによってあなたはいろいろ貢献することができます。
恩恵を得るためにマスターに近づくチャンスがあったら、必ずそれをつかんでください。
これは人生における義務です。
前にも言いましたが、あなた達はみんな大きな幸運に恵まれています。
(省略)
昔と今の違うところは、今日ではもっぱら知性が指導権を握っていることです。
そして、知性が指導権を握ることによって、当然 多くの質問、また多くの疑いが出て来ます。
知性に無分別な考えがたくさんあると、そのために大切な機会を逃してしまいます。
そして、これが人間はただの一生ですべてを得ることもできるのに、生と死の間を行ったり来たりする原因です。
(省略/他の章より)
2000年以来というもの人間は変わっていません。
また、私の考えではこれから先の2000年も大して変わらないでしょう。
それでキリストは言ったのです。
「聞く耳がある者は聞くがよい」と。
(省略)
今日では教師やマスターが大勢います。
誰もがマスターになりたがっています。
さっきも言ったように誰もがマスターになれるのです。
そこにエゴがない限り、その指導者、霊的な教師が、自分は生徒の従僕(じゅうぼく。しもべの意味。)であること、信者の従僕であることがわかっている限り、彼は真のグル(教師)、真のマスターであると言うことができます。
でも、それがわからないで「オーケー、私はグルだ!」と考え、誇らしげに反り返っているようであれば、それはやめた方がいいです!
その教師がどんなに立派であっても、どんなに素晴らしくても、何百万という弟子を抱えていても、そのマスター、その指導者が堕落した人間であったら何の意味もありません。
もし、あなたがいつかマスター、教師になったとしたら、このことをよく覚えておいてください。
あなたは信者の従僕であるということです。
そして、生徒がどんな過ちをしても、あなたはそれを後で神様と解決しなければなりません。
それは、あなたの責任で、生徒の責任ではありません。
すると神様はあなたに訊くでしょう。
「私はこの人達を導くためにあなたを地上へ送ったのだ。
この人達を私のところへ連れて来るように、この人達を自己実現に導くように。
あなたは一体、何をしたのだ?」
マスターは何と言うでしょう?
「生徒よ、よく考えなさい。
皆さん、じっくりと考えてください!」
あなた達がマスター、あるいはグル(教師)を選んだら、そのグルを傷つけるようなことをしてはいけません。
また、グルに口答えをしたり、苦しめたり、悲しめたり、その他諸々のことをしてはいけません。
これが生徒とグルの関係です。
それは実際に一種の恋愛関係です。
そして、この関係に生徒が身を捧げるのです。
あなたが恋をすると、あなたが恋に落ちると、それよりもっとよいのは、あなたが恋に起き上がると(こんなふうに言うことにしましょう)、やはりこういう状態になります。
あなたが恋に落ちると、転んで、正気を失います。
世間の人達は年中恋に落ちて、また、そこから立ち上がります。
でも、神の愛はあなたを高めます。
神の愛は落ちることがなく、起き上がるのです。
これが教師に身を捧げ、グルに従って、育んで行く愛なのです。
私達はこの神の愛を人間的なものから、神性なものへと高めて行くことができます。
あなたがこの多くのグルの中から自分の霊的な教師を見つけて、マスターにあなたのすべてを捧げると、マスターはあなたにとって、その存在のすべてとなることでしょう。
マスターは母親となって、あなたに母親の愛を分け与えるでしょう。
また、彼は父親となって、あなたを躾けるでしょう。
彼はすべてとなります。
すると周りの世界は消えてしまい、彼がその世界となるでしょう。
マスターが道になるのです。
それであなたも知っているように、アシュラムや修道院ではすべてを手放すのです。
家庭を手放し、子供を手放し、夫や妻から離れ、母親や父親を手放して神のために生きるのです。
それは何処でも同じです。
『ギーター』にも似たようなことが記されています。
クリシュナは、神を実現し、事実、自分は誰なのかということを実現するためには、すべてを手放さなければならないと説明しています。
また、キリストも 「私は平和をもたらすために来たのではない。
人に頼らず、人から離れて、誰が本当の父親で、誰が本当の母親かを知るためである」と言っています。
(省略)
自己実現を得、神実現を得ることになります。
そして、神の愛へと自分を高めて行くことになります。
あなたが霊的な道にいるのなら、これがあなたの最高の目的であるべきです。
自己実現をし、神の愛を絶えず自分の中に実現することです。
そして、あなたの落ち着きのない知性が、飛び跳ね出したら、神の名を歌って、なだめてあげてください。
神には何百万という名前があります。
何千とある神の名を歌ってください!
神の名を歌い、有頂天になって歌ったり、踊ったりしてください。
そして、歌いながら、神を心に感じてください。
ただ、座って歌うだけでは、退屈です。
あなたがただ座って歌うだけだと、せいぜい1、2週間、もしかしたら1、2ヶ月続くかもしれませんが、多分その後はやめてしまうでしょう。
何故かというと、ただ座って歌うだけだと、あなたは何かを期待し始めるのです。
ですから、いつでも歌ってください。
歩いている時も、仕事をしている時も、シャワーを浴びている時も、歌ってください!
あなたが歌えば歌うほど、知性は妄想の世界から現実の世界へと移り変わって行くでしょう。
「JUST LOVE  ただ愛のみ」シュリ・スワミ・ヴィシュワナンダ著/山下豊子(スワミニ・ダヤマティ)訳/ナチュラルスピリット発行より引用抜粋させていただきました。
書きなさいと詔をいただいたので書きたいと思います。今までも部分的に何度か記述したことがありますが、私自身の実例をカンタンにまとめて書きたいと思います。ご参考までに。
私の守護霊はじめ、霊的ガイド・・・バックの光の存在の方がたに昨日の午前中と本日の今に至るまで、引用抜粋のアップ・・・いえ、10日前後あたりからそのような共同創造の役割・・・奉仕が来ていたのですが・・・昨日、本日の2日間をかけてのアップがちょうど善いようになっていたのだと思わずにはいられない私にとってはこの36年間の霊的真理の学びをはじめとした研鑽と実体験等の内容が引用抜粋とあまりにも濃くシンクロしていた、いるのです。
誰もがやりたくない直面している他者への嫌な役割のパイプ役・・・文字どおり私と天の父とはひとつであるというようにいつも気が付けばそのように言葉に出していた・いる私がいたのです。その他者へ必要に応じてマスターはじめ、神仏様方やその方本人の霊的ガイドの光の存在の方がたが、私の身体を借りて声と言葉を通して話していたことを・・・あらためてというか、本当の意味で理屈抜きで理解できたというか・・・その部分で今まで私は他者へ軌道修正?(どちらでもよいのです。良い悪いはないのですから。遅かれ早かれ気づく時がいずれ訪れるのです。)の声が届かなかったことや逆恨みをされて、その怒りの念がコントロールされて霊的な邪魔をされて実際に現実世界の身体が表裏一体で負傷したりすると・・・その方がたが引き寄せたよろしくないダークな世界の住人たちがよほど邪魔をされたくないんだ・・・と哀しくもなり、負傷の痛み等で光をどれほど嫌っているかもそれなりに体験を何度となくさせていただいたりしている現状等がありました。それも私なりの気づきや学び・・・どのように受け入れ解釈するかの想いの・・・思考の選択肢の学び・・・
やりきれないことも多々あったりするのですが・・・この現実世界のパイプ役の私よりも神様方の大愛は言葉では言い尽くせないほどに・・・そう思うと、抜粋をして書いているときも今と同じように自然と涙があふれて来そうになります。あ~ぁ 私って至らないなぁ~といつも長年間、そのようにどこかで過小評価をして思っていた私にそれは違うよとまた教えてくださいました。私は私を認め、受け入れます。受け入れました。
平成4年の5月頃の出来事で当時(東京・町田市在住)、シルディのサイババが等身大で2階の部屋に1人でいる時に祝福に来てくださったのです。この頃は畑に咲くお花の妖精たちとよくテレパシーでお話をしていた頃です。かいがいしく野菜が育つようにお世話をしている妖精さんたちの姿が愉しくてしかたなかった頃です。その後、同じ年の夏にババジがやはり部屋に来て、座っている姿を視ました。ババジの名前は知っていましたが・・・誰ですか?とテレパシーで訊いたら、「ババジ。あなたの霊的成長を見(視)に来ました。」と云われて・・・それから毎年、一度 私の霊的進化(成長)のチェックに来てくれていました。今もです。
守護霊のげんのようさんが私が忘れてしまっていたので教えてくれたのですが、27年前に私はラマナ・マハリシの切り抜きをいつもバックの中に大事に数年、入れて持ち歩いていたのです。そのお顔の切り抜きの写真を見(視)るとあるサンスクリット語(梵字)が飛び出して来て愉しそうに踊っているのです。いたのです。そして、昨年・・・1年半前くらい?になるかと思いますが久しぶりに大好きなマハリシの絶版の本を買うことが出来たのです。今は亡き実家の大好きだった祖父とマハリシはなんとなく似てるのです。顔もどことなく本当に似ているのです。
今は亡き祖父と私はある前世でマハリシとご縁があったことをマハリシから教えていただいたのです。そして、いつしか気づけば、既に終えている最前線のお導きの光のプロジェクトの中頃?あたりからアメノミナカヌシノミコトのご縁をいただいていました。必要に応じてお導きで今もです。
もっとも、それらの最前線関連等の少し前あたりからお導きで自然とご依頼の神社リトリート&イニシェーションのひとつがはじまり・・・今にして思えば、お導き・最前線の光のプロジェクトが始まる以前からと最前線の光のプロジェクト真っ最中の神社リトリート&イニシェーションの共同創造のパイプ役の役割はそれぞれご依頼の個々に応じての表裏一体での心身の調整をはじめ、諸媒体、チャクラの調整及び融合、右脳・左脳の統合、脳下垂体の成長、マーカバの調整、必要に応じてのカルマ解消等々のオールマイティでの調整が自然と成されていたことは明白なことですが・・・それら(お導きの最前線・光のプロジェクト関連等に対応できるように)が側面で多分にご依頼者さんたちの個人カウンシル(会議)で事前にあったことも・・・そうでないと表裏一体での世界の雛形である日本の役割をする前に主要なレイラインを先人たちから引き継ぎ、その都度、ご縁のあった・ある同胞たちとつなぎ直しをしなければ間に合わなかったことが今更ながら・・・私なりに理解できるのです。わかったのです。
それで、ご依頼の神社リトリート&イニシェーションでご依頼者様、1人1人に合わせた(※この基本は今も何ら変わりありません。)上記の調整と最前線の光のプロジェクト関連等に対応できるように、急がれて、その調整も必要に応じて同時にされていたからあるお導きのところへ行くとよくイエス、大天使ミカエルの2人が度々、お出迎えしてくださり、待っていてくださる姿を数えきれないほどにパイプ役の私は視ているのです。視ていたのです。とても納得できるのです。
イエスは・・・私が34年半前頃?に曲を聴いていたときに突然、クンダリーニを体験したときに我が家のリビングの天井から床までの高さの背丈で裏地の赤い黒い光沢のあるマントを羽織、下に着ていたローブも同じく黒い光沢のあるこの世のものではない見たこともないものを着ていて、頭にはかぼちゃ型の神々しく光輝く王冠をかぶり、それらの輪郭をまるでイルミネーションのように点滅する光輝く光で縁取られ・・・神々しい光のシャワー(イエスはじめ、マントやローブ、王冠の全てが光輝いていたのです。)がその上から降り注がれて床に落ちて来る光景をボーゼン!とただ、寝転んで何が起きているんだろうとクンダリーニ後の衝撃の体感と共に・・・祝福に来てくれていることはそれなりにわかったのです。今もその光景は思い出し忘れることはありません。私の大好きな尊敬するマスターの1人です。上記に記述させていただいたマスター方も同じく私が尊敬するマスター方です。もちろん、空海もです。最前線・お導きの光のプロジェクト当時、かなり前のことですが私を弟子にしてくださいました。そのように云われたのです。しかしながら、その修行は言葉にできないほどにハードなものでした。(私の口から明けの明星が入って来たその後あたりからだったと思います。)
修行や修練関連等といえば、上記の既に終えているお導き・最前線の光のプロジェクト前半当時、マスターであるシャルル・マルテルが愛と平和の剣を授けてくださり、1週間位に渡り使い方の練習を指導してくださったことも大事な学びのひとつでした。私が使いこなすようになってから・・・その後、当時にご縁のあった同胞たちに一時的に必要な期間において授かりました。先に修行等を導かれて・・・それなりに私が使いこなせるようになり、自分のものにできたときに準備が整ったご縁のあるご依頼者さんはじめ、同胞たちへ次々と無償で伝授させていただくというような役割を担っていたのです。それは今も何ら変わりありません。
また、イワナガヒメ・・・コノハナサクヤヒメのお姉さんでもありますが、私の実家の今は亡き父が当時、前代未聞の病気・・・生きながらにして内蔵が腐る病気(ある前世で小野小町の美を保つために術を使っていて、その身代わりに、お守りの頭(かしら)であった父がなっていたのです。個室に入院している時に小野小町が毎日、霊的に来て父に謝罪している姿を私は病室にいて視ていたのです。余談ですが、この父の病気・・・呪術による治癒の心霊治療1セット施術を私は当時、マスターである霊的なソクリー博士から1ヶ月間に及びマンツーマンで指導していただいた賜物からです。今も必要に応じてご依頼等でもさせていただいております。ちなみに、このブログで何度か今までも記述したことがありますが、イワナガヒメ様はよく言われているように決してブサイクなお顔ではありません。きれいな方です。ニニギノミコトの好みに合わなかっただけの話です。そこらあたりの修正を私は声を大にして皆さんに伝えたいです。
お話が戻りますが、私はある前世で小野小町の美を保つ術の身代わりになった当時の父が・・・この現実世界でご縁のあった・あるその家の世帯主として生まれ変わって来た経緯等を表裏一体で視せてもらい・・・その当時の呪術師と対決しなければ、私の実家の家自体の幕引き(ご先祖から続いていた家自体のカルマ解消)が終わらないために、イワナガヒメがある剣を授けてくださり、当時、元々、実家の持ちものであった今は地域の神社の境内で1週間、毎朝、対応の修行をマンツーマンで教えてくださいました。そのおかげで父は逝くまでに清算すべきことはそれなりに終わらせて実家の幕引きも無事に終わったのです。
今年になり・・・数ヶ月前にゴータマ・シッダッタの王冠をかぶった姿で顕われ必要に応じて共同創造のパイプ役をその時々でご縁のある同胞たちと一緒にさせていただいています。ブッタでもありますが・・・多くの同胞たち?がまさか?ブッタが・・・と疑われるかもしれませんが私にとっては事実なんです。マイトレーヤ・・・弥勒菩薩とも必要に応じて長年間、共同創造のパイプ役・・・媒体として、この身体を至らないながらも必要に応じて使っていただいて来たのですが・・・弥勒菩薩様に限らず、一部の方が疑うように私もまたなぜ?こ~んな至らない私を普通の市井人である私をパイプ役・・・媒体にしてくださるのか? 最前線の光のプロジェクト初期当時から・・・有名・著名人はそれこそたくさんいらっしゃるのに・・・自分ではその解答に付いては・・・十数年前、最前線の光のプロジェクトが始まる以前に弥勒菩薩様から「より(弥勒菩薩様に)、ご自分に見合う媒体を探したのだけど見つからなかったのです。それであなたと必要に応じて共同創造をしたいのでお願いしたいのです。」と云われて・・・何度かお断りさせていただいたのですが、当時の諸事情関連等で急がれていたこともありまして、至らないながらも媒体(パイプ役)としてこの身体を使っていただけるのであれば・・・と、愛と奉仕の幸せに喜んでいたこともありましたが、今までの学び得た知識だけでは、そんなに簡単なものではなく、毎回、毎回(※これは今現在の共同創造にも通じるものです)、違った気づきや学び・・・前提である一番大事な共同創造におけるチームワークは私にとって(他の同胞たちもそうかと思うのですが)初期当時から、サナトクマラに毎回、毎回、注意されていました。ですので厳しい面もありました。あります。そうでないと少しの隙でも魔が入りますから要注意なんです。
至らないながらも私は当時から、当時の諸先輩方のように無条件の愛と無条件の受容の愛と奉仕に身を捧げたいと思って、そのようにその頃から毎朝、祈り希が続けていたのです。いつしか気づけば、必要に応じてお導きで全国各地を同胞たちと自費で駆けまわっていた・いる私がいました。家事も必要最低限度にしかできなくて・・・ほこりでは死なない! 夕食も度々、ほか弁や出来合いのもので済ませることが多々あり・・・家族も自然と慣れて(霊的な本当の世界では理解・了承済みも私なりに知っていたし、います。が、心から感謝しています。ありがとう。)、いつしか気づけば協力してくれていることに気づいたのです。この十数年間、自宅にいても必要に応じて、極力、体力温存や体力保持にに努め、ご依頼をはじめとしたお導きや詔を最優先にして来た私がいました。
これらはお導きや詔関連等も確かにありましたが・・・また、天命という役割も確かにありますが・・・それら関連等を私自身のカウンシル(会議)で本来の霊的世界の私が理解・了承したものであり。時に、この現実世界の私が追いつかなくて・・・でも、どんなに疲れても共同創造をやり遂げたという達成感は毎回、あるのです。それを理屈抜きで体感するから・・・そして、必ず、現地に同胞たちと身体を持って行き共同創造中をはじめ、パイプ役を成し得た直後関連等に天と地を繋ぐ大きな神柱(かんばしら)が私たち全員を包みこむように立って、光のシャワーが降り注ぎ・・・また、それらのお導きのクリアリングの場所がクリアーに本来の姿に光輝いているのを視るのは言葉では表現できないほどに感動ものです。これは実体験した人達(同胞たち)でないと実際にはわからないかと思うのです。
よくわかりませんが・・・これからも私はそれなりによい加減で自己実現と神実現のバランスを宇宙の7.23の波長に合わせての学びが来ているように思うのです・・・今までの過小評価の自分を褒めてあげて、労わり、優しくして、認め、受け入れます。私の光への道の歩みは知っていても・知らなくても誰もと同じ永遠にです。私は知りたいから学徒の道を歩き、自分の人生をもっと豊かに生きたい・・・それがどうやら表裏一体の豊かさや幸せにつながるからです。霊的なことは本当に奥が深くて・・・私にはわからないことだらけです。知らないことだらけです。だから、ある意味、愉しくもあり、面白いのかもしれません。目の前におかれた出来事の解釈はポジティブに・・・選択していく思考の意図のレッスン中である私です・・・  今まで、つまらぬ思考にどれだけ時間を使っていたか本日(11/6)の朝、気付きました。時間をもっとポジティブに・・・思考が現実を創る。
疑いや出来ないという思考の持つ力がどれほど大きいか・・・それなら、ポジティブにものごとを解釈したほうが、その瞬間に宇宙からポジティブ思考の選択に応じたものが頼まなくても届くビジョンを私は先ほど、視せてくれたのです。今までも何も考えなくてもそのようなことがビジョンでもたらされていたのです。そして、この世的な世間一般の常識と言われていることやものがどれほどコントロールされているものかがわかるように少しずつなって来ます。ただいま、私もレッスン中です(^^)v。。☆
ゆっくりと(時には急ぎ)・・・そして、自分にご褒美をあげたいと思うのです。
・・・やっぱり、とりあえず、私はチョコ・ショコリキかな~(^^?。。☆♪
超長文になりました(--; 
最後まで読んでくださいまして、ありがとうございました。
私の守護霊はじめ、バックの光の存在の皆様方に心より感謝いたします(合掌)
感謝をこめて
              by サラ
                                    

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