初 春 の お 慶 び を
申 し 上 げ ま す
至らないながらも・・・今年もどうぞよろしくお願い致します。
昨日の元旦は夜明け前に起きて、いつもながら隣町の神社と地元の氏神様へ時間はかかるけれど歩きで1人、初詣に行きました。
近道で行く途中の隣町との境に流れている川の橋を渡りながら景色を眺めていると・・・かなり高い石垣を積んだ川べりのお宅が自然災害で崩壊していくビジョンが目の当たりに視えて・・・今までも何度も他の場所等で数えきれないほどにビジョンを視て・・・いえ、視せられて・・・その後日等に詔のお導きがあり・・・その都度、対応の状況等によりご縁のあった・ある仲間たちと必要に応じての共同創造のパイプ役で現地に身体を持って行き・・・結果的に大難が小難になったり、回避されたりとそれなりにお役に立ったのかな~と思うことが数えきれないほどにありました。
・・・でも、今回はビジョンを視なかったことにしよう!!
もう、いい・・・と歩きながら何度もそのビジョンを葬り去ろう・・・忘れなくちゃ・・・としていた私がいたのです。
早朝のつかの間の私がいつも行く時間帯の初詣は、いつも参拝客が一段落した後らしくて参拝客も閑散としていて・・・私なりに好きな初詣のひとときです。
そこで新たに心身の調整もしてくださったようで・・・次の地元の氏神様へ歩きながら向かう途中は透きとおった空気を体感しながら・・・透きとおった空気が私の心身を満たしてくれるようにとイメージしながら歩きました。
とても気持ちよくて・・・道でエサを探している小鳥のカワセミも逃げることなく・・・おめでとう!!と声に出して言った私に返事をしてくれて少し会話を楽しんだ私がいました。
地元の氏神様に着くと・・・田舎?なのでもっと閑散としていて誰もいなくてゆっくりと初詣ができました。
参拝が終わると・・・ご本殿から、(地球の次元上昇にともなう)私たち人類が創って来た歪みが正されるのはごく自然な流れの理(ことわり)であることの説明が・・・まるで受け入れなさいというような感じで、それは強制でもなく命令でもなく・・・在るがごとくのように胸に響き伝わって来たのです。
とりあえず・・・それらを、私なりにあらためて受け入れました。
初詣関連等で神様から・・・このようなビジョンや説明のお話があったのですが・・・皆さんはどのように思われますでしょうか?
・・・これは、各自が各自の責任で考えればよいのだと思うのです。
※今までの私は・・・すごく責任を感じたり・・・どうしたらよいのだろうか?とか考えたり思ったりしていたのですが・・・私なりに周りやご縁のある方がたとの意識を変えなければ・・・と、どこかで必死だったのですが・・・そうそうに人の意識が変わることはないのです。表裏一体の私たち人類の本来の世界は霊的な世界ですが・・・この世的な一般論とまったく同じで、自らが気づかなければ・・・変わる訳はないのです。この部分で私自身のおごりや傲慢さの学びに気づいたのです。それで・・・kさんの実体験からのアドバイスやフォローで、誰もが運命共同体であることを実感したというか・・・知ったのです。
いつもながら霊的なことは奥が深くて私にはわからないことだらけです・・・
自分なりに・・・「想(思)い・行い・語る」の心の点検をしていても・・・人様に私はしているから大丈夫!な~んて言えない私がいることを知っています。先ず、言いません!!
昨年末から・・・ニューエイジ当時のバイブルと言われたダン・ミルマン著の「癒しの旅」サブタイトルにピースフル・ウォーリアーとあります。上野圭一訳/徳間書店の本を再び読みたくなり読んでいます。この本は世界16ヶ国語に翻訳された《スピリチャル・オデッセイ》と言われているのでバイブルでもあるのです。同じシリーズで「聖なる旅」があります。
オデッセイの意味は長期の放浪。長い冒険の旅。とウイキペジイアに記述されていました。ご参考までに。
この2冊の本は《魂のレッスン》です。
他の霊的な本もそうですが・・・私自身を光と繋ぎ止めておくために・・・最初のお師匠さんご夫妻から教えていただいたように、2~3行、寝る前に読んでいます。
天の刻印の押された光輝く霊の書を毎日、一行でも読んで触れるだけでも目には見えない光で歩みを持続させてくれるのです。35~6年経った今も私にとってはその教えが生きて実践継続にしてくれています。励みになるのです。
そのバイブルの本の中の一部を抜粋させていただきます。
「あそこに見える世界・・・」かれはまっすぐ前方を指さした。
「あれが学校だぞ、ダン。人生こそが本当の教師なんだ。
人生はいろいろな体験をさせてくれる。
その体験がかならず智恵と成熟をもたらしてくれるものなら、年寄りはみんな幸福で見識の高い、人生の達人になってもいいはずだな。
ところがどっこい、体験から智恵を学ぶ術ってやつはな、秘中の秘なんだ。
だから、わしはおまえが体験から学んで世界を明晰にみるようになるための手助けをしてやろう。
明晰性こそ、なにがなんでもいまのおもえに必要なものなんだぞ。
おまえは直感でそのことを知っていながら、あたまでそれに逆らっている。
多くの体験を積んでいながら、おまえはなにひとつ学んでこなかった」
(省略)
「たいがいの人間はそうだが、おまえも自分の外側の世界にある情報からなにかを学ぶように教育されて来た。本や専門家からの情報だ」。
(省略)
ある大学教授が日本をおとずれ、山奥深くに隠れ棲む禅の名僧に会いに行った。
やっと僧を探しあてた教授は身分をあかすと、数々の学位を披瀝し、禅についての教えを乞うた。
「粗茶はいかがかな」僧がたずねた。
「いただきましょう」教授は答えた。
老僧は茶碗になみなみと茶をそそぎはじめ、茶があふれて座卓にこぼれだし、さらに床にまでしたたり落ちてもまだそそぎつづけた。
「おやめなさい!」教授は大声でいった。
「茶碗にあふれているのがみえないんですか?それ以上は入りませんよ!」
僧が答えた。
「この茶碗と同じく、先生もすでにご自分の知識と先入観でいっぱいのようじゃな。
禅を学ぶには、まず茶碗を空にすることじゃ」
ソクラテスはぼくの顔をじっとみつめると、こういった。
「粗茶はいかがかな」
「遠慮しとくよ」ぼくは笑った。
(省略)
「ダン。おまえはな、役立たずの知識で飽和状態になってるんだぞ。
世界にかんする事実はたくさん知ってるが、自分自身のことはなにも知らん」
上記の詳細に付いては、サブタイトルのスピリチャル・オデッセイの記述にあるようにニューエイジ時代のバイブルと云われた2冊の本をご参考にしてください。
※余談ですが、私は古本屋さんで2冊をかなり前に購入して読んで・・・今も手元にあり、私にとっても何冊かあるうちのバイブルの書の2冊となっています。
昨日の元旦の午後はひょうんなことから急きょ、久しぶりに寒川神社へ家族と行くことになり行きました。途中から大渋滞となったのだけど・・・行けて本当に良かったです(^^)v 。。☆
昨夜、寝るときに・・・これまた久しぶりに私の身体に、答えを教えてネ!と言ってから寝たのです。
朝、起きたときに・・・(昨年の件は)ショック!!を受けたのです・・・と身体から答えが来て・・・また、いつかのようにショック!!があまりにも大き過ぎてわからなくなっていた私がいたのです(--; それらは、私自身の問題であり、学びの気づきだったのです。だから・・・「癒しの旅」に書かれていたように・・・人生は教師・・・
決して他者ではなく、自分自身の裡にある魂・・・神の分け御霊(みたま)が顕現するように魂磨きのレッスン・・・あらゆる方向や角度で霊的進化に揺さぶりをかけ、私たち人類を善きように導いてくださっていることに、あらためて私の守護霊様はじめ、バックの光の存在の方がたに感謝をいたします(合掌)
正直・・・初めての体験でしたが・・・マスター方をはじめ、神仏様方に詔を仲間たち等に伝える役割に関して・・・もう、嫌だ!と後ろ向きに怒っていた私がいたことに昨日の元旦の初詣に行き、わかったのです。
今は違います。
全ては愛・・・愛があるのみ・・・
愛の奥深さに気づき・・・私もまた人類すべての人と同じように愛されていることにまた再確認をしたのです。
中傷批判等の類(たぐい)も・・・言いたい人には言わせればいい!!
そう、思うえるようになった私がいます。
バックの光の存在の皆様方の拍手に感謝をいたしますm(--)m
感謝とともに
サラ
人生は教師・・・
心霊