タイトルのように・・・人は本来、野に咲く名もない小さき花々たちに例えられるようです。
特別に見事な華やかな大輪の花を咲かせなくても、お互いがそれぞれに自分は誰よりも優れているとかきれいに咲いているとか誇示しなくても自然の流れに心が同調していれば自ずと近くにいても遠目からも見知らぬ人であっても何かキラりと光り輝くものを感じたりして思わず歩く足を止めてしまうことが多々、あります。
それらの自然の流れのエネルギーと同調するには・・・バランスを取るためのそれなりの多少の制約というかある意味、ブレーキを意識的にかける心の点検の在り方と照らし合わせてニュートラルにしていなければならないようです。
多くの人たちがこの部分で・・・至らない私が言うのも変ですが・・・正直、自分に甘すぎるというか(言い訳をはじめ、エゴの誘惑に負けてしまい)・・・今まで、多くの同志たちがつまづき離れていった気づきの難所?でもあるようです。
その理由は、多くの役割のある人たちが自分の役割を理解・認識をしているにも関わらず・・・コインの裏表と同じなのに本来の世界である霊的世界と幻想の世界であるこの現実世界とをそれぞれに違うものと区別してしまっていることが一因のようです。
私たちの本来の世界である霊的な世界とまやかしの幻想世界であるこの現実世界とは常に密接に関わっていて、多くの人たちが思うほどにこの現実世界が絶対の世界であるとは言い切れないのです。
これらは宇宙の法則である霊的真理を学び探究している方がたはじめ、呼称は違いますがスピリチャリズムを学んでいる方がたも別なものではなく、互いに同じものを指し示しているのです。
霊的真理とスピリチャリズムをそれぞれに違うものと解釈している方がたもいるようなので念のために書きました。
多くの方がたが知っているように・・・最近、2つの太陽関連記事等がいくつかアップされていて私も参考にさせていただいています。
これほど、いくつかの記事がアップされているということは・・・お知らせ現象もあるかと思われるのです。
これらのお知らせ現象を役割に気づいている方がたは、いつもどのように受け止めているのでしょうか・・・?
多くの人たちが・・・残念ながら、そんなことは起こるはずがないとどこかで思っていることは漠然とながら・・・今までの私の幾多の体験等をとおして感じて来た部分が少なからずありました。あります。
誰だってそれを信じたいとは想わないと思うのです・・・
でも・・・ネ 自分が生まれて来たバースビジョンを少しでも思い出した方がたであれば、それなりの役割がハッキリわかっているはずです。自分はどうして?この時期(とき)を選択して生まれここにいるのかをです。
それら関連を踏まえて・・・そのようにならないように共同創造を大難が小難になるように率先して、それで何も起こらなかったように見えることが役割だと解釈できるように私たちは自分自身をまたお互いにもっと高め尊重していくことに気づかなければならないようです。
上記のブレーキをかける関連等の記述ですが、その方がたはご自分の仰ってた言葉とは裏腹に・・・多くの人たちが離れていかれた経緯があります。
いつも悲しく残念に私が思う時です。
長年間、お導きの光のプロジェクト関連を通した今まで私も数えきれないくらい失望?して来た「何も起こらないとほとんどの人たちが想っている・・・」解釈の仕方に・・・同じようにある同志が疲労感とともに悲しさというか失望感を感じていることを知りました。
それでも・・・私の場合、表裏一体のミッションで母船でのカウンシル(会議及び打ち合わせ等)をはじめ、小型宇宙船などのフリーエネルギー使用に乗り時々、この現実世界の時間とは関係なく平行次元を体感して来た真実が数えきれないほどあるので・・・私自身が後悔しないためにも、またここに存在している意味が無くなりますので私はあのアトランティス時代の二の舞をしたくないのです。
ある同志の気持ちが痛いほどに同じ体験をして来た私にはそれなりにわかるというか理解できるのです。
もう、一歩の奥深い部分への前進が出ない方がたがなんと多いことか・・・これは上記の記述部分ともシンクロしている部分でもあります。
「何も起こらない。起こらなかった・・・」という結果論だけで短絡的に勝手に結論づけるのもいかがなものかと思われるからです。
それらの見えない部分で心ある方がたが共同創造でどれほど優先順位でパイプ役をガブリエルの眼で見極めしていることに気づいている人たちがいるのでしょうか・・・?
そちらのほうが「何も起こらないとか何も起こらなかったじゃない」と、あ~でもない、こ~でもないと言うよりもず~っと大事なことです。
それらのお蔭様で大難が小難で済み、目には何も起こらなかったように一見、見えるのですが・・・その真実なるものは真の曇りのない心で見れば・・・私たち、人類の多くが心から感謝をせずにはおれないことでしょう。
先のある同志へ神様から「信じなさい。あなた(がた)のして来た共同創造は決して無駄にはなりません。ならないのです。また、役割で広報係りの方がたが詔をはじめ、書いてアップされた内容等は例え、1人でもよいので誰か心ある方(がた)へ伝わればそれで良いのです。あなたを信じなさい。心ある方がたを信じなさい。」というような詔を戴き、お伝えさせていただきました。
この前のブログをアップし終わってしばらくしてからキッチンに立っていた私に「これでほぼ書かなければならないことを書きましたね・・・」というお話がテレパシーで聴こえて来て、どこかで見たことのあるお顔の方がいらして・・・後日、myスピリチャル・ノートのファイルを見て探していたら大天使ガブリエル様だったということがわかりました。
はじめて、個人的?なお話をしました。私なりの役割がそれなりに出来ているのであれば至らないながらも幸いかなと思いました。
以前にも何度か書いたことがありますが、ゾロアスター教はとてもわかりやすい教えで善い心を持てば善い神様と繋がり、悪い心を持てば悪い神様と繋がるという教えです。
そのゾロアスター教の最後の預言者?ともいうべきニーチェがドイツ語で「ツァラトウストラ かく語りき」があります。
ツァラトウストラとはドイツ語でゾロアスター教の意味です。
ニーチェの妹さんの証言によれば、「ツァラトウストラ かく語りき」はゾロアスター教の夢告にしたがって書いたとニーチェ自身が述べていたということです。
「汝、大いなる星よ これぞ わが 朝なり。
今こそ わが日ははじまる。
さらば昇れ さらば昇れ さらば昇れ
汝、大いなる正午よ。」
この上記の解釈は各自にお任せします。
ニーチェは、『だが、彼らは悟らない。私の朝のしるしがなんであるかを』
の部分を読んで・・・今までも、また今も妙に云い得ているというか言いようのないせつなさがその『だが、彼らは悟らない。・・・』の部分が気になり・・・至らない私ながらも胸に詰まるものがあります・・・
ご存知の方も多いかと思いますが「ダニエル書」に第1から第6までのラッパについて書かれています。
第5までのラッパは既に吹かれて終わっていることを皆さん方は知っていますでしょうか!?
第6のラッパは・・・頭に虹を、顔には太陽を、足には燃えさかる炎の姿が書かれています。
二十数年前に当時の最初のお師匠さんご夫妻たちの紹介でご一緒にエドガーケイシーさんのお弟子さんだった方で当時、浅野信(まこと)先生の勉強会へ国立へ行き、「ダニエル書」はじめ、「エノク書」等の詳しいお話を聞き教えていただき・・・それら(今までご縁があってその都度、学び・教えていただいて来た教え等のすべてを含めた)の点が線となり繋がったというか・・・そのような体験を私もまた皆さん方と同じく今日に至るまでしています。
※浅野信先生のお名前は十数年前頃に既に変更されていらっしゃいますことを付記。
「ダニエル書」に戻ります。
「ダニエル書」の第6のラッパの姿は私自身も昨年より今年の先ほどに至るまで何度か視ています。視せられたのだと思います。
昨年のとある日の第6のラッパの姿は私たちの5~6倍もあろうかと思われる大きな姿でしたので・・・私にとっては感慨深いものがあり、自分なりの歩き方の人生はこれでよかったのだろうか?というような反省をしたのを覚えています。
上手く伝わらないジレンマ等がありましたので・・・それはその方がたの気づきと学びの問題であり、その方がたの学びのチャンスを奪い変わりにすることは出来ない宇宙の法則にまたたどり着いたことを覚えています。
昨年より第6のラッパが吹かれて続けていることにどれほどの人たちが真剣に受け入れ取り組んでいるのでしょうか・・・?
あおるつもりがないことを最初にお断りしておきます。
最近、ポールシフトのこともよく様々なところでアップされお知らせ現象のようです。
多くの人たちの学びでもあるのですが・・・ポールシフトは時間を要しないのです。
起きるときは一瞬にしてのようです。
数日前、久しぶりに古神道の行法を庭で太陽方向を向いてしているときに突然に「早ければ、○○月にポールシフトが起きます。また○○月に起きます。」といような詔をいただきました。
「早ければ、○○月・・・」の意味は、おそらく人類・・・特に私たち、役割を自覚・認識しているライトワーカー=光の使徒=ワンダラー=虹の戦士の意識レベルが多いに関与しているようにも想われるのです・・・
何かが起きてから気づいても遅いのです。
そのために、私たち、ライトワーカー=光の使徒=ワンダラー=虹の戦士の役割を選択して今、この地に生まれて来ているのです。
大難が小難になるように・・・いつもラスト・チャンス!の今を生き、誰もが一念発起して・・・見た目には何も起こらなかったように見えるけど・・・
実際には見えない部分で、お互いが(今まで、間違っていたことがあれば赦しあい)、お互いに緩やかな連携をとり共同創造のパイプ役で自分(たち)が後悔をしないように、誰もが協力しあい和・輪・環で繋がっていることを表裏一体で自覚・認識しあい、シェアーできた魂の歓びを共に体感したいと思いませんか!?
私はタイトルのように名もなき小さな花々の1人です。
名もなき小さな花々・・・市井のどこにでもいるごく普通の一般人の私たちが、お互いに、ご縁のある方がたとそれぞれに協力しあい、ひっそりと目立つことなく共同創造を日常生活の目の前に起きた出来事等を通して解釈や行動をプラス思考にして光を灯していくごくシンプルな方法で可能なのです。
誰でもカンタンにシンプルであればシンプルなほどに容易に知らずして神様方のパイプ役になることができるのです。できます。
大義名分は不要です!!
何事が起ころうと起こらないと私は自分が後悔しないために自分なりに出来ることを共同創造でしてゆくことにあります。
※状況は常に流動的で変化し続けています。それらに私たち、人類の意識が関与していることは周知の事実のようにです。
心ある方がたに届くことを祈りつつ・・・
