届け!・・・受け入れる側による天の大愛

最近・・・まさか?のまた電話中に盗聴されていることに何度か気づいていましたというか・・・誰でも不自然なジャック?の音がすればわかるものです。

とても不愉快です。

私だけかと思っていたら・・・ある仲間も自分もそうなんですと聞き・・・もう、イイカゲン!にして欲しいと思いました。

個人情報保護法が出来てからもうどれくらいになるのでしょうか・・・

不変の宇宙の法則である霊的真理を探求し研鑽と実体験等をいつしか知らずして32年前のある日からこの世的に見えないものが良くも悪くも視(見)える表裏一体のおどろおどろしていた平行次元の恐怖たるものと突然に遭遇?させられたら・・・盗聴されている方がたをはじめ、このブログを読んでくださっている皆さん方はどうされますか!?

オカルトやそれら関連に面白半分の興味を持っている方がたは別として・・・

まったく違う角度からの不変の宇宙の法則である霊的真理の基本の知識を四六時中おどろおどろしていた中においても自分の精神状態を維持していくためにそれこそ必死で無我夢中でご縁をいただいた当時の最初のお師匠さんご夫妻が私の道案内人のパイプ役をしてくださり・・・あるときは叱咤激励の電話をくださり・・・

また、ある時はガブリエルの眼=見極めの部分で初期の頃はよく霊的ガイドの方がたが忍者姿に変装して・・・その姿を視るともなしに視せられた私はそれが本物であるかどうかの見極めさえもまだ出来ない状況にありました。

慄(おのの)き全身でただ震えるしかなかった初期当時の私に神様が・・・私(たち)が一般的にイメージしている白いローブ姿と黒い忍者姿に変身した姿とを交互に視せてくださり・・・その当時はまだそれが見極めの学びとは気づいてもいない頃だったので・・・泣きながら、どうして神様は私を脅すんですか!?とぶるぶる震えながら訴えたものです。

それらの体験等がかなりの年月を経たある日に姿・形は本物の神様や天使、妖精の姿をそれらしくしているけれど・・・どこかがおかしい・・・変だ!・・・伝わって来るもの・・・波動は一時的に精妙に保っていても長続きしないこともだんだんと理解できるようになって来たのです。

よくキツネが葉っぱを頭に乗せて化ける姿をマンガなどで何度となく無意識で子供の頃から見たり読んだりしていましたが・・・7~8年前頃だったかと思うのですがある方がたと当時、お導きの光のプロジェクト関連で富士山一周で車を運転しているときに138号線だったかと思いますが突然、右前方に可愛い幼い女の子が昔の着物姿で「お母さんがいなくなった・・・」と言いながら泣いている姿が視(見)るともなしに視(見)えたのです。

運転しながら・・・うーん、何かがおかしい!? 変!?・・・知らんぷりしながら運転しているとその幼い女の子の姿が頭に葉っぱを乗せているキツネさんに変わったのです。

そのときの私は爆笑でした!!

ちなみに、キツネさんが頭に葉っぱを乗せて化けるマンガや絵を描いている人たちは実際に自分が体験をしている方がたや天から降ろされて役割で描いていることも私なりに理解したのです。

ピータパンも最初はハワイのマウイ島で何年か前にはじめて私は視(見)たのですが、それから今に至るまで私(たち)が住んでいる日本のいたるところで数えきれないくらい視(見)ています。1例です。

それらの見極め=ガブリエルの眼を駆使しながら・・・それらの対象物の姿を良くも悪くも視(見)て視(見)ぬフリをすることの課題の学びが一番難しかったのを覚えています。

もっとも、今もガブリエルの眼=見極めの課題は尽きることなく続いています。永遠にです・・・ネ。

ガブリエルの眼=見極めの学びの課題は何も見(視)えないものが見(視)える人たちだけに限ったものではないのです。

天から降ろされた霊の書などによく記載されていますのが・・・『人類には2種類の人たちがいて、実際に視(見)える・聞(聴)こえるの人たちと視(見)えたり・聞(聴)こえたりはしないがそれらを感じるという人たちの2種類があります。その後者の人たちもまたガブリエルの眼=見極めの学びの課題が同じくあります。』というお話です。ご参考までに。

前置きが長くなってしまいましたが、これらの数えきれない体験等を繰り返しながら私もまた学徒の1人としていつしか今日に至るまで研鑽や修練をして来ました経緯があります。

それゆえ、誰が何のために電話中の会話を盗聴するのかの意図が私(たち)にはまったくわからないのです。

ブログをアップすると・・・すぐにヘリコプターが飛んで来るのは(最近、また気づいたのです)私の思い過ごしなんでしょうか・・・!?

それとも単なるまったくの偶然なのでしょうか・・・!?

そのようなシンクロを皆さんはどのように想われますでしょうか!?

それとも・・・私(たち)は美男美女なのかしら!?

・・・ンなことあるわけないのは自分が知っていま~すヨ

私はごく普通のどこにでもいる女の子(^^?・・・気持ちはいつも24才の市井の主婦で~す(^^)

またまた脱線しましたネ

早朝から喜太郎さんの「FINAL CALL」の新曲の①をリピートで寝ながら聴いていたのですが・・・最初に「FINAL CALL」の言葉が何重にも響き渡り・・・それが何度か繰り返されるのですが・・・聴いているうちに「FINAL CALL」が数回、繰り返された後で「TIME CALL」という言葉も響き渡っていることに気づいたのです!?

「FINAL CALL」は最終案内です。

そして・・・「TIME CALL」も一般的な解釈でも・・・区切られた時間・・・

神様が涙を流されている姿を私は等身大を少し小さくした大きさで視るともなしに視ました。視(見)たのです。

私は今年の4月頃から8月までに実家のある○県に転居するように詔を何度かいただいておりました。

実家は両親も既に亡くなり誰も住んではいないのですが諸事情があり・・・7月、8月とあるビジョンを2回視せてくださり・・・先月末頃にそれとまったく同じアパートをお導きで見つけ既に契約をしカーテンやお布団等のカンタンなものだけ置いています。

もちろん、スサノオノミコト様の京都・八坂神社のお守りも持って行くようにと詔をいただきまして、とりあえず玄関の棚に祀って来ました。

仲間のある方もリンクのブログで今回の転居で(電気と)ガスは不要と詔をいただいたことが記載されていますのを読みました。(その前に電話でもお聞きしていました。)

実は私自身も・・・お借りしたアパートにはエアコンが付いているのですがペンダント(電球)とガスコンロを買わなくちゃと思った瞬間にそれぞれに必要ないですという詔があったのです。

それで・・・私は買っていません。

ちなみに家賃はありがたいことにとても格安です。私にも支払える料金です。

先日(9/22)、明治神宮の朝の神事を見ているときに・・・今度は、アパートに「しちりんと炭を買い準備しておきなさい」という詔がご本殿よりテレパシーで胸に伝わって来ていただいたのです。

もちろん、お借りしているアパートは自分のためではないことをそれなりに漠然とではありますが私なりに知っています。

何かが起きたときのために役立たせる何かのためにということもそれなりに・・・な~んとなくわかっています。

実際の詳細については私もよくわからないのです。

ただ・・・これらは何を意味しているのでしょうか・・・?

喜多郎さんの「FINAL CALL」の曲は特に役割のあるライトワーカー=光の使徒=ワンダラー=虹の戦士の144000人の人たちの覚醒した本気度を促されているように想えてならないのです・・・

どうしょうか・・・?とか躊躇している暇があれば・・・その躊躇の暇さえ、躊躇することなく想ったら何事も善きことはすぐに行動に移す実践を率先して体現することで・・・それらの想ったちょっとした善きことを行動に移すことで私たちの波動=気=氣=バイブレーションも上がります。

1人の人が行動に移すという善きこと(行動に移すまでは勇気が多少、必要かもしれませんが実際にほんのちょっとしたことでも行動に移すことで心配したことが嘘みたいと笑うことになることがたくさん在り得ます。在るのです。)は私たちの知らない部分で結果として自分の波動をあげることになり・・・それらが人類の波動をも上げることに成り得ることは既に周知の事実です。

これらの真実を知った人たちからの行動・・・「想(思)い・行い・語る」のそれらはどこから来ているのだろうか?という心の点検があっての行動が光を灯すようです。

最近、私なりの体験で・・・また、ある方がたの自然体の在るがままの同調された姿を見せていただき、その方がたの身体が本当に光り輝くライトボディーになっている姿を視て・・・人は本来、自分さえよければの我欲を捨てれば、誰もがシンプルになればなるほどに容易に自分しだいでライトボディーになることに気づかれることを願い祈りたいと思ったのです。

至らない学徒の1人である私が言うのもなんだか変かもしれませんが・・・日常生活の出来事をとおして誰もが自分しだいで自分の気づきや学び等の課題にフォーカスすればするほどに軌道修正が容易にできいつしか気づけば自分であるいは他者からライトボディーになり目には見えませんが何となく内臓から身体中が光り輝いているのを必要であれば視(見)せていただくこともあり、感じたり・・・他者からそのように教えていただくことも自然とあるようです。

先ずは私たち、役割のある人たち・・・気づいている人たちから地球の次元上昇の愛と平和の調和のエネルギーに同調するようにお互いに日々、失敗を恐れずに(失敗は今後の宝物の学びと成り得ますので)精進して参りましょう。

そうすれば、大難が小難で済みます。

今までも心ある先人たちが共同創造で綿々と受け継いで来た光を・・・少しでも自分なりの役割を認識しているのであれば、今度は私たちが最終仕上げでひっくり返し大きな光の花を世界全土に咲かせましょう。

ちなみに、真摯に霊的真理を探究しそれなりに研鑽や修練をされて来ている方がたの胸に黄金に光輝くバラの花を今までに数えきれないほどに私は視せていただいております。

・・・そこに至るまでの艱難辛苦をとおした気づきや学びの課題等を乗り越えられた素晴らしさに感動しました。

しかし・・・なかにはそれらの黄金に光輝くバラの花が胸に咲いていたはずなのに・・・いつしかグチや不満をあらわに言いあいこしたりしているうちに・・・自分は誰よりも上とか自分勝手に競争意識が芽生え・・・プライドがニョキニョキと顔を出して大手を振るようになったら危険信号を既に通過してしまっているので咲いていたはずの黄金に光輝くバラの花がいつしか胸から消えて無くなっている方がたもたくさんいらっしゃいます・・・

寂しければ寂しいと素直に誰かに言えばよいだけのことです。

もし・・・自分は何か間違っていたと思うのであれば、素直に謝ればよいだけのことです。

プライドの体裁にこだわるあまりに・・・よけいに距離感を自分勝手に感じてしまうということもあるようです。

素直さと謙虚・・・幼子のように無邪気な心・・・いつもこの原点に戻るのです。

私はある前世の当時の幼い子供の頃に教会の上の窓から光が差し込み祈りをしている絵を何度かそれまでに見るともなしに幼稚園児の頃から見ていてとても気になっていたのです。

まさか?それが私自身だったと知ったのは平成元年になったあるときでした。

当時、喜多郎さんと同じく、今は亡き大好きだった姫神の曲を帰りの車を運転しながら聞いているときに・・・突然、その絵画がビジョンで顕われて・・・何をお祈りしているのかの内容がわかったのです。日本ではありません。

その内容は・・・「神様、どうしたら神様のようになれるのですか・・・?教えてください。」

当時の幼い私の顔に神様の顔がくっつくほどの近い距離で・・・「それはね。いつまでも幼い子供の心を忘れないことですよ。」とお話をしてくださったのを思い出したのです。

平成になってそれらのある前世のことを思い出してから・・・友達&同志が以前にキリスト教関連の大学に行かれていてそれに似た絵を持っていると教えてくださり戴きました。

その絵は小さな額に入れ長い間、いつも見えるところに飾っていました。

今はもうその絵はどこにいったかはわからなくなりましたが・・・後年、ある方が同じような白黒のかわいい小さな絵をくださり、今もそれはあります。私の車にもず~っと長年、いつも一緒に乗って置きっぱなしにしています。

時々、その絵を見ることで・・・自分を奮起させ、このお祈りのときのように立ち返らなくてはと戒めてくれています。

私自身もこのようにいろいろな学びがあるたびに右往左往することも感情的にあります。

けれど・・・それらの時間を短時間で終わらせるようにしないと・・・ズルズルとるつぼにはまり抜け出すのが大変になることも至らないながらも今までの体験で知っているからです。

今日もまたとりとめのないすごーい長文になってしまいました。

完璧だったら誰も生まれて来ていませんので・・・お互いに焦らずに、でも少し急ぎで歩みの歩幅を進みましょう  → (^^)。。☆

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